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 鴨部と朔楽

「髪伸びたなー。うっとうしいしそろそろ切りに行かないと。けど床屋行くの嫌なんだよな」
「なんで? なんかトラウマでもあんの?」
「部活は? って聞かれて吹部って答えるとなんの楽器? って絶対聞かれるじゃん。説明がめんどくさい」

「マイナーな楽器やってる奴は大変やな」

 奏斗と鳴海の会話を聞いた鴨部が憫笑をもらした。
 朔楽にもその会話は聞こえていて、特にユーフォニウムをやっている鳴海は大変そうだなと他人事ながらに思っていた。ユーフォニウムという楽器は本当に説明がしにくく、どんな楽器か聞かれた場合の最適解はユーフォ奏者の永遠の課題だ。

「フルートは一発で通じるし、ほんまいいとこどりの楽器よなぁ」
「……そうですね」

 その点フルートは、音楽になじみのない人に通じなかったことは今のところ一度もない。フルートです、と答えればどんな楽器か説明しなくともすぐに分かってくれる。

「鴨部先輩は、何の楽器やってるんですかって聞かれたらフルートって答えるんですか?」
「せやな。いうても時と場合によるわ。鳩村くんはフルートって言わへんの?」
「い、言います、けど……」
「この先一生関わらへんやろって奴とそういう会話になっても、鳩村くんの性格考えたら嘘はつけへんやろうしなぁ」

 図星だった。どんな相手に対しても、朔楽は嘘がつけない。どうしても嘘をつかなければならない場合を除いて、どんなに小さくても嘘をついた後は罪悪感に押しつぶされそうになる。この先会うことはないだろう、そんな相手に対しても、例えば野球部でピッチャーをやっているなどと適当なことは答えられなかった。

「でも、フルートって、やっぱり、きれいな女性が演奏している楽器ってイメージがあるじゃないですか……」

 俯いて絞り出すように呟かれた朔楽の台詞を聞いて、鴨部は声を出して笑った。

「鳩村くんおもしろすぎやろ。そんなしょーもないこと気にしてんの? あかん、腹筋つるわ」

 ひーひー言いながら涙を流して笑う鴨部を見て、朔楽は顔に熱が集まるのを感じた。朔楽にとっては真剣な悩みなのだから、何もそこまで笑うことないのに、と思ったが、声を上げて笑う鴨部は初めて見た。

「フルートに限らず楽器のプロはおっさん多いで? それに女でもきれいな人とは限らんやろ?」
「ま、まあ……はい」

 朔楽の尊敬するプロのフルート奏者も男性だし、今まで見に行った演奏会で男性のフルート奏者を見かける機会も多かった。だから気にする必要なんてないのだ、とは、頭では分かっている。しかし開き直れるかといったらそれはまた別だ。

「きれいやけど下手くそと不細工やけどめっちゃ上手い奴やったら俺は上手い奴のほうがええわ。それに、鳩村くんはイケメンとは言われへん顔しとるけど、そんなん人によるもんやし、イケメンやわーって思う奴だって世の中にはおるで。それに、実力は本物やからもっと自信持ちや。少なくとも、俺は鳩村くんのファンやで」
「あ、ありがとう……ございます……。でおでも、ふぁ、ファンなんて、そんな」
「ほんま、ステージで吹いてる時は自信満々なんやけどなぁ。あのくらいいつも堂々としてたらええやん」

 ステージの上では、自分の音が一番きれいだ、自分の音を聞け、くらいの自信を持って演奏しろと言われてきたから、気持ちを前向きに持つようには務めているつもりだった。実際、朔楽の演奏はいろいろな人によかったよと言われるし、それでいいのだけれど、自分にとことん自信の持てない朔楽は途端にものすごく恥ずかしくなった。

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