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 山吹と凜

その日、山吹は練習後も居残ってトランペットを吹いていた。誰しもなんとなく調子の出ない日というものが時々あるだろうし、今日の山吹はそうだったのだが、それにしたって今日の合奏はひどかった。

調子は出ないものの、失敗を繰り返した箇所をつまづかずに何度か吹き切れた後で、びりびりする唇を指でなぞる。こんなに楽器を吹いたのは久しぶりのような気がした。今は大会は控えていないので、終わる時間も早ければ練習もそれほど厳しくはない。

そろそろ帰るか、と思って、ふと今日のパート練習を思い出した。今日は珍しく連が練習に顔を出していた。合奏にも出てくださいよと冴苗が怖い顔で繰り返し言っていたが、音楽室に移動する数分の間に姿をくらました。そして代理でどちらが1stを吹くか、じゃんけんでまた負けて山吹が吹くことになったという苦い思い出はさておき、連がウォーミングアップにやっていたグリッサンドのように滑らかなリップスラーを、山吹もやってみたくなった。

茅ヶ崎先輩は特別だから、あの人みたいにはいかないだろうけど、それに今日は調子が出ないからと先に頭の中で言い訳を並べて大きくブレスをする。低い音からだんだん高い音へ、久しぶりだからゆっくりと、運指は変えずに唇だけで音を変えていく。
基礎練習が大事なのは分かっているが、だんだんと適当になっていくもので、山吹もつられて適当にこなしていた。周りが適当にやっているのに、自分だけ真面目にこなすのは恥ずかしいから。

自分の出せる無理のない範囲で上がって下りよう、そう考えていたのに、上がりきる前に音を外してしまった。

「へったくそ」

自分が思っているよりできなくなっていて落ち込むより先に誰かに鼻で笑われて、反射的に声が聞こえたほうへ振り向く。音楽室には自分一人しかいないはずだと思っていたから、心底驚いた。
やっと気付いた山吹を馬鹿にしたような目で見ながら、凜は長い足を組み替える。その際に下着らしきものがちらりと見えたのは、言ったら殺されるので言わずに心の中にしまっておく。そこそこ距離があるのでメガネの山吹にははっきりとは見えなかったが、おそらく今日の柄はピンクと白のしましま。

「今日は調子が悪いんだよ」
「そんなこと言って、最近さぼってたんでしょ?」

素直にはいとも言えず、否定してもきっとばればれなのだろうしと、管に溜まった水を捨てるふりをして黙っていた。だいぶ溜まっていた水が、薄汚れた雑巾に点々と染みを作る。どおりでごぼごぼいっていたわけだ。

「わたしも最近さぼってたんだけど、有牛がなめらかーにやってたの聞いてこっそり再開したよね。あいつがいとも簡単にハイトーンまで流れるようにやるから、わたしにもできそうだなーって軽い気持ちでやってみたらできなくてさー」
「あ、おれも……。今日、茅ヶ崎先輩がやってたの聞いて、あそこまではできないだろうけどおれにも真似できるかと思って」
「上手い人がやると簡単そうに聞こえるんだよね。いろいろと有牛にはかなわなくてくやしい」
「……おれも」

顔を合わせれば喧嘩しかしていない二人だが、たまにはこうしてまともな会話をすることもある。

スカートを短くして足を広げるな、とは、調子が出ないなりに頑張って疲れたので、最後の最後に無駄な体力を使わないように言わないでおいた。

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