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 美琴と冴苗

2016クリコンのその後



「さなお疲れー」

会場の片付けを終えてぐったりした冴苗の肩をぽんと叩いたのは、親友の美琴。
自分の楽器を片づけるだけならそう時間も体力もかからないのだが、打楽器や会場の片付けもやらなければならないとなるとどっと疲れる。本番を終えたら終わりというわけではなく、いうなれば帰るまでが遠足である。

「みこもお疲れー。疲れたけど、やっぱクリコン楽しいよね」
「そうだねー。さなのソロ、かっこよかったよ」
「あ、ありがと」

後片付けですっかり忘れていた。先ほど人生初のソロを担当したことも、直前に音の出し方すら忘れるくらい緊張していたことも。
楽しむことが目的のコンサートとはいえ、ソロはソロだ。そんなに緊張することないよ、リラックスだよとパートの仲間や同級生から何度も声を掛けられたが、生まれて初めてのソロだ、緊張しないわけがない。

「やっぱりソロって緊張する?」
「うん。すっごい緊張した。れんれん先輩とか茅ヶ崎みたいに場数踏んでる人はそうでもないんだろうけど、あたしは万年3rdだったからね。ペットっていっても目立たないし」

連は口では緊張すると言っていても傍から見ると全然そうは見えないし、弾に至っては緊張した素振りなどまったくなく、本当にいつもと変わらない様子で、むしろ余裕さえ感じる。もともとの性格もあるだろうが、彼らは今までに何度も経験があるからなのだろう。

「考えただけで緊張しそうだよね。その場で立つのも、前に出てスポットライト浴びながらやるのも」
「スポットライト浴びることは一生なさそうだな……。憧れるけど」
「私はスポットライトどころかソロすら経験することなさそう」

そう言って美琴は笑う。

花形楽器であるトランペットの冴苗に対して、美琴は弦バスことコントラバス。説明する際に大きなバイオリンとも呼ばれるように、とても大きな弦楽器で低音域を支える。余談だが、大きな見た目に反して、中は空洞なので意外に軽い。

「知らないだけで低音のソロがある曲もいっぱいあるんだろうけど、あたしは知らないな……」
「私もあんまり知らないんだよね。何曲かは知ってるけど、まだまだたくさんあると思う。けど、ソロがなくたって弦バスは充分目立つからいいんだ」
「うん。弦バスってかっこいいよね」
「でしょ?」

吹奏楽では唯一の弦楽器で、ステージにいるだけで目をひく。曲によっては楽譜がなかったり、楽譜があっても省略されたり、いろいろな理由からない学校も多いが、あるのとないのとでは大違いだ。

「でも私もさなと同じくソロに憧れはあるよ。憧れというより、弦バスをもっとみんなに知ってほしいっていうのが大きいけど」
「みこらしいね。んじゃ、家に帰ったら弦バスが目立つ曲を探して、冬休み明けにでもななちゃん先生にでもこれやってください! って頼んでみようよ」
「えぇ、無理だよきっと。それに私、緊張しちゃうから」
「あたしだってできたんだから大丈夫だって!」

一度は無理と謙遜したが、機会があればやってみたいとまっすぐに言える美琴のその素直さが、冴苗には少しだけ羨ましかった。

(今思うと、大会じゃないんだし、何もあんなに無理無理って言わなくても、素直にやりたいって言えばよかったな)

それぞれ理由はあるが、冴苗がやりなよと背中を押してくれた連と山吹には、感謝している。

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