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 奏斗と音哉

「管楽器って大変だよなー」

昼食を食べ終えて音楽室に戻ってきた奏斗が、音哉のチューバに触れながら言う。曲線を描く金色の表面は冷たく、ずっと触れていると指先の熱が吸い取られていく。

「つっめたっ」

音哉でさえ、思わず顔と口に出てしまうほど楽器は冷え切っていた。暖房が入っていて室内はほどよくあたたかい温度に保たれているとはいえ、吹かずに放置していた楽器の熱はとっくに逃げていた。

大きな体を軽々と半回転させ、音哉はチューバを構える。息を吹き込んで楽器をあたためようとマウスピースに口をつけたが、マウスピースもかなり冷えていて顔をしかめた。
何度か息を吹き込むものの、楽器が大きいだけあってなかなかあたたまらない。ロータリーに触れている右手の指先は、触れては離れ、離れては触れ、せわしなく跳ねていた。

「寒い時はあっためないといけないし、暑い時はピッチが合わないし、小腹が空いたからって練習中にちょっと何か食べられないし、ジュースも飲めないし、ほんと管楽器って大変だよねー。パーカスはどれも困らないからなー」
「木管と比べたらましだろ。割れたらびびる」

クラリネットやオーボエなど、木でできている楽器は温度と湿度が原因で割れることもある。木は乾燥している時または温度が低い時に縮み、湿度が高い時もしくは温度が高い時に膨らもうとする。楽器が冷えている時に息を入れて急激にあたためると、内部の温度が上がって膨らもうとして表面が割れたりする。

それに比べたら、チューバは割れることがないだけましだと音哉は思う。

「でもピッチで苦労しないのはうらやましいよな、パーカス」

ピッチが合わないときれいな和音やハーモニーは生まれない。特にベースのピッチが合っていないと全体がまとまらない。目立たないけれど低音は大事なパートだというのはそういうことでもある。

「だって、スネアとかならチューニングできるけど、マリンバとかグロッケンのピッチが悪いって言われてもどうしようもできないもん」
「まあな。ピッチ悪いからって削ったり付け足したりできないもんな」
「てか、削ったら元に戻せないじゃん。削るのめっちゃ責任重大じゃん! うわー怖っ」

言わずもがな、音板を削ることは本当にしてはいけないことなので、真似しないように。もちろん二人は冗談で言っている。

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