この感情に名前をつけるなら、きっと。




「ドタチーン。お昼、屋上行こー」

そう言いながら門田の席に寄ってくる臨也の手には、小さなコンビニのビニール袋。

「…お前、昼は?」

「え、あるじゃない。コレ」

「……お前は草食なのか?」

うっすら透けて見えるその中身は、小さなサラダがぽつんとひとつあるだけだ。高校生男児のあるべき昼食の姿ではない。 

「人間は雑食なんだよドタチン。知らないの?」

「お前のどこが雑食だ」

言いながら臨也にデコピンを喰らわせ、門田は嘆息しながら立ち上がった。なにすんのさ痛い、という訴えは無視だ。
鞄から自分の弁当を取り出しながら、それでも今日はまだマシな方か、と思う。

以前、黄色い箱を取り出して「じゃーん」とか言った時は、さてどうしてくれようかと思ったものだ。それはあくまでも、栄養「補助」食品である。


「肉を食え、肉を。というかせめて炭水化物を摂れ」

「脂身嫌いだし、パサパサしてる肉もヤダし。パンはもさもさするし、お米派じゃないし」

「どんな食わず嫌いだお前……牧場と農家の皆さんに謝れ」

「まあまあそれより、早く行こうよ。今日天気いいから、屋上きもちいいよ」

「……せめて果汁100%のジュースかなにかを途中で買ってけ」

「あはは、おかあさんがここに居る」

ころころと機嫌よさげにのたまって、臨也は門田の袖を掴んでぐいぐい引っ張った。
伸びるからやめろ、と何度言っても聞いた試しがない。
結局は門田が折れるしかなく、何度目かわからないため息が漏れた。






そんなやり取りを、昼休み開始直後に繰り広げ、今はもうすぐ午後の授業が始まる時間だ。
隣で未だにしゃくしゃくと口を動かしている臨也に、もはやため息すら出ない。

「ドタチン、午後の授業始まるよ」

「ん? ああ、気にすんな。待ってるし」

「…ふはっ、そう言ってくれるの、ちょっと期待してた」

ドレッシングにべたべたと塗れた小さなコーンを、器用にフォーク先で掬い上げて、口に運びながら臨也が笑う。
普段、彼がよく顔面に貼り付けている「営業用」ではない、おそらくは門田だけが知る、ふにゃふにゃしたまっさらな表情で。

「……」

「? ドタチ、」

隣にある肩を腕で囲って、きょとんとする顔を引き寄せる。ぺろりと口の端を舐めてから、ついてるぞ、と笑ってやった。

「子供かよ」

「…たらしめ」

ふいっと顔を逸らして再びサラダを口に詰め込む、臨也のその頬と耳はうっすら赤い。
それを指摘すると本格的に機嫌を損ねるので、くしゃりと頭を撫でるに留めた。

「…午後、サボるか」

「いいの?」

「たまにはな。これだけ天気がいいと、馬鹿らしくなる」

パッと嬉しそうに顔を綻ばせる臨也に言えば、確かに! と返ってくる無邪気な笑顔。
いそいそと、ようやく食べ終わったらしいサラダの容器を片付けて、臨也は門田の膝にべたり、と張り付いた。

「ドタチンまた本読むんでしょ? 俺に膝貸してね」

「なんだ、寝不足か?」

「そうでもないけど。天気よくて、あったかくて、しかもドタチン公認のおさぼりなんだし、満喫しないとねぇ」

「男の固い膝枕で昼寝することの、いったいどこが満喫だよ」

俺には理解できねえが、とくつくつ笑えば、いいよ一生ドタチンには膝枕してあげないもんね! と同じく笑い声が返ってくる。

「あとさ、帰りに寄りたいとこあるんだ」

「はいはい。付き合えばいいんだろ」

「とーぜん!」

前に注文してたヤツがやっと入荷してね、それでね、と嬉々として始まりかける臨也のお喋りを、門田は手のひらでその目元を覆って黙らせる。

「いい子で寝てろ」

「ふはっ。おかーさん!」

噴き出して、くすくすとしばらく笑ったあと、臨也はあっさりと眠りに落ちた。










…読みかけの文庫本を取り出すことすらせず、門田はすやすやと自分の膝で眠る臨也を眺める。

さらり、と額にかかる髪を払ってやれば、臨也は無意識にその手にすり寄ってきた。
それを見て零れるのは、くすり、と小さな嗤い。彼がここまで無防備になる相手は、自分だけだ。
「きっと」でも、「おそらく」でもなく。それは確信。

たとえば、そこらの薬局で簡単に手に入る睡眠導入剤をジュースにでも混ぜて手渡せば、なんの疑いもなく臨也はそれを飲み干すだろう。相手が「門田京平」という、ただそれだけで。


普段はあちこちで人を唆して誑かして騙くらかしているのに、折原臨也という男は案外、そういうところが鈍い。
常にバリバリの警戒心を張り巡らせているくせに、一度内側に入れてしまえばあっさりそれを解く。信頼して、信じ切って、甘えて懐いて慕ってやまない。

そういうところが愚かで、そして、かわいらしい。一途で盲目的なその情はとても心地好かった。




この感情に名前をつけるなら、きっと。

純粋な愛とはとても呼べない。


もっとドロドロしていて、重くて、息苦しくて、絡め取って逃がさない蜘蛛の糸のようなものだ。



他の誰もお前の中に入らなくていい。
お前の中の優先順位などいらない。

ただひとつ、ど真ん中に俺がいればそれでいいんだ。






「なあ臨也、イイ子だから、」






俺以外騙されるなよ





──そうしていつか、俺のところまで堕ちておいで。










END.


職人と情報屋の日常」様に提出させて頂きました。


titleを見た瞬間にビビッと受信したのが、ヤンデルドタチンでした。すみません正直とっても楽しかったです。←

この二人は臨也さんが気付かない限りただのバカップルです。
むしろ気付いても臨也さんなら「これだから人間は(ry」って言いそうなのでドタチンのヤンデルを受け入れてつまりはバカップルですね^^


素敵な企画に参加させていただき、本当にありがとうございました!



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -