「ねえねえトレイ」
「何ですシンク?」
「この本、見て。トレイの図鑑だって」
「それトイレ図鑑ですよね。というよりこの魔導院のクリスタリウムに良くありましたねそんな本」
「うん、文官の人達に聞いたりして、古本で取り寄せたんだよ」
「そこまでしたんですか!? そんなに私をからかいたいんですか!?」
「ねえトレイ」
「どうしました?」
「トレイ、って、何て意味?」
「3、ですよ」
「じゃあ私は?」
「5です」
「どうしてなんだろ?」
「どうして、とは……私達は、十二人で一つなのですから、それぞれに数字がわりあてられているのです」
「ふーん……」
「何より、マザーが私達にくださったものですよ」
「! そう、だよね。マザーがくれた名前だものね……」
「どうしたんですか? そんなところで、一人で」
「……みんなを見ているの。まだ、良く分からないし、来てばっかりだから」
「けど、見てばかりじゃ何も分かりませんよ? こっちに来て、いっしょにお話しませんか?」
「……君と話すの?」
「私、こう見えてもお話するネタをいっぱいもっているんです。いろんなほんをよみましたから。いっぱいお話するじしんがありますよ」
「――ねえ、覚えてる? トレイ」
全てが終わった後。
コンコルディア、ミリテスとの戦争に決着がついて、世界の全てが朱雀の領土となり、ルルサスをも倒した、その後。
苦しさばかりが増して、冷え固まり動かなくなっていく身体を感じながら、シンクは唇を動かして喋っていた。
年頃の男の子の割に身嗜みを整えていて、大人びた印象に育った彼は、今、シンクと同じように血塗れになっている。
それでもまだ死んではいないのか、肩が微かに上下に動いていた。
「最初に、あの外局に来てから、最初に声をかけてきてくれたの、トレイだったよね。覚えてるよ。今でも。だって」
息を吸い、
「凄く嬉しかったから」
いつものように笑いたい。でもその気力が無い。だからとにかく喋った。
とにかく彼に伝えたくて。
「それからも、今までもね、ずっと、トレイと話している時が一番楽しかったんだ。ちょっとからかい過ぎちゃって、トレイは不機嫌になっちゃったかもしれないけど。でも、私が気が済むまで、からかわせてくれたよね」
トレイは特に気弱な性格ではない。
シンクとは兄妹にも等しい間柄だ。今更、物言いに遠慮する事は無い。
嫌なら嫌と突っぱねる事もできたはずだ。
でも、彼はそれをしなかった。
「甘えさせてくれて、有り難うね。まあ、トレイをからかうのが楽しかったのは、事実だけどさ」
笑みが零れる。
「楽しかったよ。有り難うね」
もう一度、トレイの顔を見る。
そして、気づいた。
「……トレイ……」
彼はもう動かない。頬も、瞼も。ぴくりとも動かない。
破壊された窓から吹き込む風で、髪だけが棚引いている。
「また、会おうね」
ここが終わりではない。
これからきっと死ぬのだけれども、きっとその先でもみんなに会える。
何故かそんな予感がするのだ。
だって死ぬ時もこんなに一緒なのだから。
「また、お話しようね」
いつだって甘やかしてくれた優しい人に寄り添って、シンクは目を閉じた。