ルルサスと戦い、残された体力で何とか魔導院に帰還するも、そこで力尽きてしまう。

 みんなで寄り添い合い、武器とマントを組み合わせて、朱雀の旗を作る。

 不格好な、しかし確かにはためいている旗を見上げながら、重くなっていく瞼に抗えず、目を閉じる。

 最後に心音が一度跳ねる。

 終了。

 次に目を開いた時、エイトは何も無い真っ白な空間にいた。

 誰もいない。全ての真相であり元凶とも言えるマザーさえもいない。

 一人きりの空間だ。

「……駄目だった」

 エイトはぽそりと呟き、腰を下ろした。

 椅子は無い。だが、真っ白な空間は確かにエイトの身を受け止めた。

 エイトは身体を傾ける。ちょうど窓際に頬を寄せるような姿勢だ。

 そこにも窓は無い。だがエイトの肩もそこで固定された。

 思考に浸る。

 あるはずのない窓の先に見える景色を眺めながら。

「……次、どうするかな……」

 視線の先、窓の外には、どこかの庭の光景が広がっていた。

 そこに二人の幼い少年と少女がいる。少女は林檎をじっと見ている。

 それを見た少年が高くジャンプして林檎を取り、戻って少女に差し出す。

 少女はそれを受け取った。じっとそれを眺めた後、着ている服に林檎の表面を擦りつけて汚れを落としてから、おもむろに一口齧る。

 エイトは知っている。別に少女は林檎が欲しかったわけではないという事を。

 先程まで身を置いていた世界とは異なる、いくつか前の世界で彼女自身が言っていた。

 ただ色が綺麗だから眺めていただけだと。

 でも、と、その言葉は続いていた。

「でも、まあ、あれのおかげであんたと喋るようになったんだから、あれはあれでいい思い出よね」

 その言葉を聞いた時、いくつか前の世界の自分はどんな思いを抱いただろうか。

 早とちりした自分への気恥ずかしさか。余計な御節介をしてしまったという、少しばかりばつが悪い思いか。あるいは――。

 不意に光景が切り替わった。

 芝生が植えられ、建物に囲まれた小さな面積の空間。庭だ。ただし先程までの庭とは異なって、実の成る木は無い。

 代わりというように、上品な装いの白いテーブルや椅子があった。そこに綺麗に糊の利いたテーブルクロスを敷いて、上にサンドイッチやクッキーやティーカップを並べたクイーンとレムが楽しそうに談笑している。

 いかにもお茶会といった装いのそのイベントで、シンクはレムが持ってきたらしいクッキーをパクパクと頬張り、それをはしたないですよとトレイが窘める。

 その横のマキナは物怖じせずに楽しそうに喋るレムとは異なり、少し緊張した面持ちでティーカップを口元で傾けていた。恐らくは0組に来たばかりなのだろう。

 お茶会を企画したのは、クイーンかレムか。何度か付き合って同じ席で紅茶を飲んだ事もある。茶の良し悪しはさっぱり分からなかったが、確かにいい香りだと思った。

 庭の、更に奥まった場所には長椅子もある。三人くらいは並んで腰掛けられそうだが、そこはエース一人きりの場所になっていた。背もたれに寄りかかって無防備に眠るエースに、気を利かせたアリアが毛布を持ってくる。

 宙にふわふわと浮かぶモーグリは、意識して観察した事は無かったが、こうして見てみると隅から隅まで目線を配って0組の面々を見守っていた。ひょっとしたら、配属されたばかりだから、それぞれがどんな性格なのかを観察しているのかもしれない。

 モーグリが見守る先で、ナインがお茶会に割り込んできた。騒がしい彼をクイーンが叱る。二人の喧嘩にマキナが瞬きを繰り返す。それを見かねたセブンとキングが二人を止めに入る。

 その騒ぎで起きたのか、毛布に包まれたエースがパチリと目を覚ます。傍にいたデュースが状況を説明する。そうか、と呟くと、エースはもそもそと毛布を被り直して再び目を閉じた。

 良く寝るねぇ、と庭の壁に寄りかかるサイスが呆れたように呟く。

 ジャックはひたすらにこにこと笑っている。

 それらの輪から少し離れた所、木の下で、ケイトとエイトは二人きりでいた。

 会話までは聞こえてこない。

 だが、二人の距離は近しく、肩と肩が触れ合っている。

 会話は尽きる事無く、二人はずっと喋っている。

 そこには、敢えて誰も関わってこない。

 互いを見る二人の目線は甘く重なっていて、外れる事が無い。

 ただの幸せな恋仲同士の光景だ。

 写真に撮って額縁にでも飾れば映えるだろう。

 そんな光景を、不意に頭上から差し込んできた光の螺旋がくるりくるりと舞って囲み出す。

 皆はそれに気づかない。

 光が眩しくなる。

 螺旋は庭全体を包むと、上へ、天上の高みへとどこまでも上がっていく。

 螺旋は収縮するように直径を縮め、どこまでも高く行く。

 あれから逃れる事は叶わない。

 だが、そこにいれば、何度でも会える。

「行くか」

 了承の意味として呟いた直後。身体が光に包まれ、その座は螺旋の中へと戻って行った。

 

 



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