「リカ、おーはーよっ」
数ヶ月前からジャックが惚れている相手、8組のリカは、
「ひいいいいっ!」
他人の気配を感じ取るのが苦手なのか、蚤の心臓というやつなのか、話しかけて肩に手を置いただけで飛び上がってしまう。
周りの候補生や武官達もそんなリカの反応にはもう慣れているのか、振り向きさえしない。
「リカ、そんなに大声を出しちゃこっちがびっくりするクポ。もう少し落ち着くクポよ」
見かねた8組のモーグリが声をかけてくる。
「ご、御免なさい、御免なさい……」
リカが必死にぺこぺこと頭を下げて謝る。
8組のモーグリは慣れた様子でそれを宥めて、頭のポンポンを揺らしながら去って行った。
「リカ、相変わらずなんだね〜。びくびくしてばっかり」
「そ、そっちが、急に声をかけてくるから……」
「もう数ヶ月も経つのになぁ。そろそろ慣れて欲しいよ」
ジャックがおどけて肩を竦めながら言うと、リカはしゅんと項垂れた。
「御免なさい……」
「もう。冗談だよリカ。リカのペースで、ゆっくりでいいから慣れてよ。ね?」
ジャックは膝を屈めた。
身長182センチのジャックから見ると、160センチのリカは随分と小柄に見える。
リカの瞳を覗き込むと、切り揃えられた前髪の下に、くりっと丸く大きな瞳があった。
至近距離だ。
鼻先がくっつく。
吐息さえ感じる。
ジャックの頬がほんのりと赤く染まるが、リカは謝った時と同じ表情のままでジャックをそのまま見つめ返す。
「ジャック、顔が赤いよ? 日焼けした? それとも風邪?」
「うん。恋って病……」
ジャックはリカの背中に腕を回した。
浅く抱き締めて、引き寄せる。
候補生の制服に包まれた体温が伝わってくる。
トクリトクリという脈動も。
ついでに、確かに制服の生地を押し上げ、しっかりとした柔らかさを持つ、リカの胸の膨らみも。
「ねえ、リカ」
「何かな?」
リカが真面目な顔で小首を傾げる。
エントランスで。
至近距離。
抱き締め合っているというのに。
「リカは……声をかけて肩に触れただけで飛び上がるのに、どうしてこの距離だと何も反応しないの?」
「? 反応って……?」
リカの唇が無防備に開く。
ジャックは思わず顔を近づけて唇を重ねてしまいたくなった。
今のリカは、飢えて獲物を待つ狼の目の前を呑気な顔でとことこと歩く羊だ。
狼がその羊をぺろりとおいしく頂いてしまっても、いいよね? いいよね!?
警戒しない羊が悪い! うん!
「あ、あのさ、リカ!」
「うん。何?」
キス直前の体勢になってもリカの態度は特に変わらない。
いつの間にか周りに集まってきたギャラリーの方が騒いでいるほどだ。
中にはリカと同じ黄色のマントを着た8組の候補生もいて、突っ込んで行こうとする女子を男子が止めている。
口々に騒ぐ内容を聞き取ってみると、どうやら同じクラスなのでリカの性格も知っているらしい。それを利用してジャックが良からぬ事を為そうとしているのではないかと危惧しているのだ。
リカは、直径一メートルの外側にいる相手に対しては極端に警戒心が強く、それ故にその外側から接触されると怯えるのだが、逆に一メートル以内にいる相手に対しては無防備になってしまう。
これだけ近くにいられると、逆に人の体温に安心してしまう、という、人に飼われているペットか、あるいは人懐こい子供のような理由で。
「リカ」
抱き締めた際の無防備な表情もいいが、好きな相手には異性として意識して欲しい。
抱き締めるという行動でこの反応なら、次は言葉だ。
「君が好き」
シンプルに伝えると、リカの顔がボンッと真っ赤になった。