「ふーん。ジェクトの事、憎んでんだな」
自分でも自覚するくらい毒を込めて語った話を暢気な声とのんびりとした口調で返され、ティーダは思わず絶句した。
頭の後ろで手を組む、という割とお決まりのポーズを取っているヴァンは、そんなティーダの視線に気づいてコトンと小首を傾げる。
同い年のはずなのに、その瞳には一切の邪気が無く、悪意もまた一欠片も見受けられない。
どうして。
「どうしてあんたは、そんな風にいられるんスか?」
「んー? どうしてって言われても……別に俺、やりたいようにやってるだけだし」
ヴァンが腕を解いた。ぶらんと両腕をぶら下げ、
「なーんかお前とは戦う気がしないな。あのティナって女の子ともそうだったんだけどさ。カオスの連中で、敵って言われても、戦おうって気が湧いてこない」
「コスモスの戦士がそんなんでいいんスか?」
「ティーダだって同じだろ。カオス側なのに、コスモス側の俺と戦おうとしない」
「それは……」
ティーダは口籠もった。
親父だけぶっ倒せればいい。そのお決まりの台詞が、何故か口から出てこない。
邪気も悪意も感じられない、目の前のこの少年に、そんな言葉はぶつけられない。
父を倒す事以外、何も考えてこなかったはずなのに、どうしてそんな気遣いを。
「……あんたは自由なんスね」
「そうか?」
風みたいだと、ティーダは思った。
ヴァンは、透明に吹き抜ける風のようだ。
思うままに、自由に振る舞う。
「じゃあティーダは太陽だな。感情がスゲェ強いから、どっぴーかんに光ってる感じ」
「何スかそれ」
ティーダはくすくすと笑った。今のヴァンの言葉は、果たして褒めているのかけなしているのか。
と、ヴァンが不意に顔を上げた。周囲をきょろりと見回し、
「――あ。ラグナだ」
十数メートルほど離れた先で、何やら一人で歩いているコスモス側の仲間を見つける。
また迷っているのか、ラグナは地図を片手に辺りを頻繁に見回していた。
まだこちらには気づいていない。ティーダは小声で言った。
「もう行った方がいいッスよ」
「うん、そうだな。じゃあな、ティーダ」
バイバイまたなと、まるで明日も会う友人と接するように手を振って、ヴァンはラグナの元に駆け寄って行った。
別れの挨拶という単調な儀式で、彼のほんのりと温い無邪気な好意を受け取ったティーダは、思わず呟いた。
「……遠いッスね」
自分と彼は、あまりにも違い過ぎる。
例えるなら空と海のように、きっと、どこまでも交われる事は無いのだろうと。