淡く透明に透き通った風が吹き抜ける。
足元の草原が風を浴びてそよそよと音を立てながら揺れ動き、その間にちょんちょんと咲いた花が可憐な花弁を散らしていく。
頭上の空はどこまでも青く突き抜けていて、水平線の近くには体積のあるどっしりとした入道雲が立ち込めていた。
まるで夏の季節のような空模様。だが、気温はそれほど熱いと感じない。
大気は春の陽気のような穏やかな暖かさを秘め、吹き抜ける風は雨上がりの直後のように爽やかだ。
草原も、空も、どこまでも続いている、不思議な光景。
ふと、風が強く吹き通った。ざあああ、と足元の草が擦れ合って音を立て、土の匂いがほんのりと立ち上り、視界に一枚の花弁が横切り、
「――あ……」
その花弁が通り過ぎ、天空へ舞い上がる。
すると、ほんの一瞬前まで花弁で遮られていた空間に、誰よりも近い存在がいた。
「エイト!」
ケイトの表情がパアッと明るくなる。
たまらなくなって駆け出す。
鍛え込んだエイトの身体は、かなりの勢いを付けて飛び込んだケイトの身を、全く揺るぎもせずに抱き留めた。
肩口に顔を埋めて嬉しそうに頬擦りをするケイトの背中に腕を回し、鼻先でケイトの髪の匂いを嗅ぐ。
髪の毛の細さから質感、色も、全てケイトそのままだ。
この腕の中の温かさも柔らかさも、全て彼女自身。
間違えたりなどしない。
大切な存在をきつく抱き締め、しばらくそのまま抱擁を交わしていると、やがてエイトの温もりを堪能したケイトがそっと離れた。
離れたといってもエイトの肩から頬を離しただけだ。密着している事には変わりない。
「行こうぜ」
エイトはケイトの手を握り締めた。その手に手甲は付いていない。
ケイトの背中にもまた、リュックはあるが、その中に魔晶石は無い。
「うん」
武器も何も持たない、ただ制服を着ているだけの身である二人は、景色以外には何も無い世界を、二人のペースで歩き始めた。
遠く、遠く、遥か遠くにある、皆が待つ、魔導院に良く似た建物へ辿り着くための――旅というには緩すぎる――ただの長距離の散歩を、気軽に楽しむために。