ナイン、シンク、ジャック。
思えばこの三人は昔から勉強が苦手な傾向にありました。
マザーから課題を出された時は意気揚々と頑張ってペンを握り締め机に向かうのですが、それ以外の時に自習で励む積極的な姿は見た事がありません。
シンクはナインやエイトとは違って本も読むし、ジャックもやればきっとできる子なのに、どうしてやろうとしないのでしょう。
ナイン? ナインはその、別ですね。オリエンスの地名くらいはここに来る前にでも予め教え込んでおくべきでした……。
それはともかく。
今は別の問題があります。わたくしはそれを伝えるために0組の教室に来ました。
伝えなければならないのは、前述のあの三人です。
ナインは見当が付きます。恐らくは裏庭でしょう。ジャックとシンクは0組の教室。あの二人は講義が終わった後も教室でのんびりとする事が多いですから。
裏庭は0組の教室と直結しています。これは好都合。
まずは0組の教室です。
ドアを開けると、教室はがらんとしていました。
いつもは何人も人がいて賑わっているのに、今日に限ってしんとしています。
人がいないと、まるで別の場所のよう。
窓から差し込む日の光も鳥の声も普段と同じなのに、何故か見知らぬ場所のようです。
わたくしは少しの間、立ち尽くしてしまいました。しかし、不意にぽそぽそと人の声が聞こえてきました。
わたくしはハッとなって教室内を良く見渡しました。
出入口のドアからは見えにくい角度、一番前の席にシンクがいました。その後ろの席にはトレイがいて、二人で喋っています。
二人はいつものように楽しそうに喋っています。特に声を潜めたりはしていません。いつも通り、仲の良い二人です。
教室はいつも賑やかだから何人かの人がいる、何人かいるから賑やかだろう――。そう思い込んでいたわたくしが見落としていただけでした。
「シンク、クリスタリウムでの掲示を見ましたか?」
つかつかと歩み寄りながら尋ねると、シンクは案の定「何の事〜?」と小首を傾げました。ああ、やはり。
「シンクがどうかしたのですか?」
「クリスタリウムでの掲示を見たのですが、シンクとナインとジャックの報告書が再提出になっていたのです」
「えっ、あー、それ?」
あれかぁ、と言ったシンクの呟きを私は聞き逃しませんでした。
「まさか見たのですか? 見て何もやっていないのですか?」
思わずわたくしが食いつくと、シンクは「えへへ」と笑いながらあっさりと言いました。
「忘れてた〜」
実にあっさりと放たれた言葉にわたくしは絶句しました。
唖然とするわたくしとは逆に、トレイはいつも通りの穏やかな物腰を保ったまま。
「シンク、報告書を再提出しなければならないのですか?」
「うん。そうなの〜。……トレイ、手伝ってくれる?」
小首を傾げて尋ねるシンクの姿は、同性のわたくしから見ても可愛らしく、魅力的でした。
その微笑みにほだされたのか、気圧されたのか――いえ、普段からシンクと良く一緒にいるトレイの事です、耐性はあるのですが敢えて受けているのでしょう。
「構いませんよ。さ、用紙を出して。まずは前任の報告書を参考にして……」
つらつらと喋るトレイの顔には、微苦笑が浮かんでいました。
シンクがペンを持ち、白紙の報告書と向かい合います。
わたくしやトレイが書けば十分もかからない報告書を、時間をかけて考え込みながらゆっくりと埋めていきます。
報告書に限らず、書類を書いたり、あるいは勉強をする際には一定のコツというものがあります。
それさえ分かれば、あるいは掴めれば、すらすらとできるのに。
「ねー、これはどうすればいいの?」
「ここはですね――」
トレイはそのコツは敢えて教えず、シンクに分かりやすいよう噛み砕いて教えていきます。
「ねえねえトレイ〜、この書類が終わったら遊んで〜」
「構いませんよ」
シンクの甘い声に、トレイは穏やかな笑顔で応じます。
何でしょう、この疎外感。
何だか二人ともイチャイチャと楽しそうです。
まるで御膳立てされた舞台に載せられたような違和感。
シンクはトレイに手伝ってもらう事を計画していたようで、トレイはシンクに甘えられる事を予測していたようで……?
――まさか。
わたくしの頭に一つの答えが浮かびます。が、それは果たして正解なのかどうか。
確かめるべく、わたくしはシンクに声をかけました。
「すみません。お邪魔でしたね」
シンクは顔を上げました。柔らかくて甘い笑顔で、
「ううん。結果オーライだから〜。大丈夫」
トレイに「報告書が再提出になっているではありませんか。手伝いますからすぐに書きましょう」と言われたかったシンク。
シンクに「報告書を書くの手伝って〜」と言われたかったトレイ。
という設定でした。
分かり辛いですね……すみません。
トレイの「私」、クイーンの「わたくし」という一人称が好きです。
それぞれの個性が分かりやすく出ていて。