後先を考えずにいられるジャックが羨ましい。

 コミュニケーション能力皆無でもやっていけるキングが羨ましい。

 いえいえ分かっていますよ、他人は他人、自分は自分。

 あの二人があの二人でしかいられないように、私も私でいる事しかできない。

 薀蓄を語るのが好きで、成績は良い、0組のトレイ。

 これは少し哲学的ですかね。ですが、たまにはこういった思考に耽るのもいいでしょう。

 今は戦争の真っ最中なのです。

 数日後に出撃を控えた今くらいしか、きっとのんびりと考えられる時間は無いでしょうから。

 さて、――ええと何を考えようと思っていたのでしょうか。

 ……そうです、私自身の事について、でした。

 これを忘れたら本末転倒ではないですか私。

 ええと、私は0組のトレイであり、――そんな事は分かっています。

 それで、どうして私は私でしか在れないのか、変われないか。ですね。

 まず前者についてですが、私は私として産まれたのですから私以外の人間として人生を送る事はできません。

 それ故に私は私として生きる。何故なら私の人生を送れるのは私しかいないのだから。

 完結。

 おお、いつもは話の長い私が随分と簡略に纏まりました。素晴らしい。良くやりました。

 では何故に私は変われないのか。

 これは、こうで在った方が楽だからですね。

 あの灰汁の強い面子の中では、自分の我儘とも言える個性を晒し出さなければすぐに流されてしまうし、立場も見失ってしまうのです。

 ですから、ある程度の年齢を経たあとからずっと長らくこういう性格だったような気もします。

 つまりは、変に素を晒したために元に戻れず、変えようもないくらい凝り固まったと。

 ふむ。

 これにも簡単に結論が出ました。

 つまり、私は私のままでいい。

 そうなのですね。何だ良かった。私は私で、いいのですね。

 確かに0組の面子には良いところがあって、それを羨む事もあるけれど、それは見習うべきではあっても真似するべきではないのだから、変に己を曲げる必要は無い。

 私は私。ここにいるのは私なのです。

 だから、このままでいい。






   *



 ようやく結論が出た思考に納得できて顔を上げると、沈んでいた意識が浮上し、五感に周りの情報が寄せられてきた。

 まばらに点在している候補生。

 喋り声や騒ぐ声。

 背後から感じる水の匂い。

 舌の上に広がる緩く吹く風の無味。

 尻と手の下には硬いアスファルトかコンクリートのような感覚。

 ここは、噴水広場だ。

「……トレイ、大丈夫?」

 視界に少女が映る。誰だったか。ああそうだ、0組に配属になった候補生。確かレムという名前だ。

 穏やかで朗らかな優しい性格の彼女は0組の女性陣とすぐに親しくなり、最近では男性陣も含めて0組全体に馴染みつつある。

 そのためか、呼び捨てにされても特に不快感は感じなかった。

「具合が悪いの? 御昼休み、もうすぐ終わるけど」

 言われて思い出す。今は昼休み。休み時間だ。

 いつものようにクリスタリウムで読書をしていたら不意にジャックやキングの人柄について考え、じゃあ久し振りの哲学タイムにしようかとリフレッシュルームでさっさと昼食を食べ、ここに来たのだ。

 一人だと、一人でいると、絶対に塞ぎ込んでしまう。碌でもない結論に辿り着いてしまう。

 だから、敢えて人がたくさんいて賑やかな噴水広場を選んだのだ。

 人の熱気が籠もるクリスタリウムや、壁や天井のあるリフレッシュルームやサロンとは異なり、外気に晒されたここは、光や水といった自然物も感じ取る事ができる。

 気分転換にも哲学タイムにも最適だと思って来てみれば、思ったより集中できて、その上、自分にしてはなかなか前向きな結論を出せた。

 重畳だ。今まで知らなかった隠れスポットを発見できたような気分である。実に喜ばしい時間だった。

「トレイ? やっぱり、具合が悪いなら医務室に行った方がいいよ?」

「……ああ、いえ、すみません。大丈夫です。少し、疲れていまして」

 思いついた事を言うと、レムは穏やかに微笑んだ。

「そっか。でも無理しちゃ駄目だよ?」

「ええ。どうも、御心配をおかけしました」

 大丈夫ですよ、と言うと、レムはほっとした表情を浮かべた。

 優しい人だとレムに対して思い、大丈夫ですよね? と、心の中で自分に問いかける。

 口調は崩れていない。物静かで落ち着いた物腰。一人称は私。

 そう。これが私。トレイだ。これを崩してはいけない。

 悟られてはならない。悟られたくない。

 無いものねだりをして悩む姿なんて見られたくない。知って欲しくない。

 それがたとえ、レムではなく、付き合いの長い0組のメンバーだとしても。

 知られたくない事の一つや二つはあるのだ。それを知られるくらいなら、薀蓄を語るのが好きなウザい奴と、そう思われてくれていた方がいい。

 


 

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