ジャックはエイトの事が大好きだ。
これはクラサメとトンベリも含めた0組公認の事実である。
「エイトエイトエイト大好き愛してる食べたい貪りたい」
「ちょっ、こら、押し倒すな!」
「はあはあエイトエイトエイト、――メインディッシュ兼デザート兼主食、頂きまーす!!」
ジャックの目はギラギラと輝いていた。
刀を振るう時よりも、敵を屠る時よりも、何よりも強く深く、そして浅ましく。
「ひ」
強すぎるその光を正面から見てしまい、エイトは思わず怖じ気付いた。
格闘技を習得し、超至近距離での対人戦を得手とするはずなのに、相手の眼光に射抜かれ、たったそれだけで萎縮してしまう。
その情けなさと、ジャックへの純粋な恐怖に、エイトの目尻にじわりと涙が滲んだ。その直後、
「やめないか」
ガシッとジャックの襟元が後ろから掴み上げられた。
ちょうど喉仏に食い込んだ衝撃にジャックは軽く「ぐえっ」と呻いた。
ジャックの背後に立つ救世主の姿を見て、エイトが目を潤ませる。
「セ、セブン……!」
「ちょっと邪魔しないでよセブン」
ぷぅっと頬を膨らませてジャックが怒る。いつも無邪気で明るそうな笑みを浮かべているからか、子供っぽい仕草でもやけに似合う。
セブンはジャックの襟元を離し、呆れたように首を軽く振って、言った。
「迷惑だからここではするな。場所を替えろ」
「セブン――!?」
注意は注意だが、期待していたものと微妙に違う。それではまるで「場所を替えればいい」と言うような言い方だ。
案の定、ジャックの顔がパアッと綻んだ。
「そっか。部屋でやれば二人きりだよね!」
「は!?」
「とにかくここではやるな。今は人が少ないとはいえ、ここは公の場なんだからな」
「うん分かった!」
ジャックはニパッと微笑み、一息にひょいっとエイトの肢体を抱え上げた。
「わっ」
押し倒された状態から唐突に抱え上げられ、エイトは思わず目を瞬かせた。
手足がぶらぶらしていて何だか心許ない。しかも見慣れない高さなので、驚愕と困惑が同時に押し寄せてくる。
「お、おい」
下ろしてくれ、と言う前にジャックは軽い足取りで魔法陣の方へ向かった。
魔法陣の近くにいた生徒がさっと避ける。ジャックはそちらには見向きもせず、魔法陣に載り、別の場所へ移動して行った。
喧騒が去り、一瞬、リフレ内に緩い沈黙が降りる。
「……はぁ」
セブンは溜息をついた。その横で、パフェを食べていたシンクが笑みを浮かべて、
「セブンも律儀だね〜。わざわざ割り込んで止めるなんて」
「周りが困っていただろう。その……公の場であんな事をされて」
がやがやと、薄くではあるがリフレ内にいつもの騒がしさが戻ってくる。
生徒達は困惑したように顔を見合わせて話したり、お喋りの話題にしたりし始める。
中には平然と食事を再開する者や、呆れたような表情を浮かべている者もいた。
ここは魔導院。十代の生徒が集まる場だ。多少の騒ぎは日常の一環と割り切っている者も大半である。
「しかし、ジャックは何故、急にエイトを……押し倒したりしたんだ? いや、いつもあんなテンションなのは知っているが、それでも今のはいきなりだった」
腕を組んでセブンが考え込むと、パフェを頬張りながらシンクが無邪気な笑顔で、
「これじゃないかな〜」
と、自分の持っているスプーンを示した。
パフェ用の、柄が少し長い、しかしそれ以外は特に変わった所の無いそれを見て、セブンはますます考え込む。
「……スプーンがどうかしたのか?」
「恋する男の子は思春期だから〜」
とシンクはコロコロと笑い、しかし直後にハッとなって、
「……分かっちゃうシンクちゃんも、ひょっとして思春期真っ只中なのかな〜」
はふぅ、と溜息をついた。
一方のジャックとエイト。
「おいここ教室なんだが」
「エイトが僕をムラムラさせるのが悪い! 部屋までなんて待てないよ!」
「俺のせいなのか!? というか押し倒すな!」
「だって唇の端についた白いのをぺろっと舐め取る瞬間を見せつけられたんだよ!? ――もう発情するしかないよね!」
「俺はたまたまシンクに誘われてたまにはとバニラアイスを食べていただけだ! それに見せつけたつもりもない! ――というかお前、いつからリフレにいたんだ!? 確か俺が食べ始めた頃にはいなかったはずだよな!?」
「エイトセンサーで感知」
「それ敵センサーに変えられないか。戦場で便利だぞ」
「無理ぃー」
いやいや、と首を左右に振るジャック。
そして彼はおもむろにエイトの腰元に手を伸ばし、
「もーとにかくエイトのせいでムラムラするのー」
「だから何でベルトを外すんだ!? ――みんなも生温かい目で見てないで助けてくれよ!」
放課後の時間帯の今、0組の教室にはクラスメートが幾人か残っていた。
銃の手入れをしているキング、笛の練習をしていたデュース、手持ち無沙汰にカードをいじっていたエース、読書をしていたトレイだ。
キングは何を考えているのか分からない無表情で二人を眺め、デュースはおろおろとし、エースはこれ見よがしに溜息をつき、トレイは笑顔で栞を挟み本を閉じて立ち上がった。
「さあ皆さん、邪魔しないように出ましょう」
さあさあ、と他の三人を促す。三人も特に反論する事無く、それぞれ自分の荷物を持ってぞろぞろと教室を出て行った。
バタンと扉が閉められる。
「何で止めないんだ!!」
苛立ち紛れにエイトが腹の底から叫ぶと、ズイッとジャックの顔が近づいた。
思わずぎょっとして身を縮こまらせる。
するとジャックは安心させるように優しい笑みを浮かべて、
「大丈夫だよ、エイト。だって、――僕達の仲、みんなにもう知られているんだから。だからトレイもああやって気を遣ってくれたんだよ」
「間違った気の遣い方だったがな! むしろ止めて欲しかった!」
「まあまあ他の人なんて今はどーでもいいじゃん」
えへっ、とジャックが笑う。
その微笑みにエイトは危機感を覚えた。
「ちょ、待っ――!」
「頂きまーす!」
ジャックの声が放課後の教室に高らかに響いた。