クイーンが用意してくれた飲み物を飲みながら、きゃっきゃと楽しそうに語り合う女性陣。

 その女性陣、クイーン、デュース、シンクから少し距離が離れた所で、トレイは独りマグカップを口元で傾けていた。

 爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。流石はクイーンだ。淹れ方も完璧である。

 クイーンがトレイに振る舞ったのは、明るい色味が特徴の香りを楽しむ紅茶、ダージリンティーだった。

 香りが豊かなのは勿論だが、味も優雅で奥深い。

 茶葉が摘み取られる季節によるが、総じて香りは良く、まさにストレートで飲むのにぴったりと言われている。

 コーヒーを飲む時もミルクや砂糖は入れないトレイの舌にダージリンティーは良く合った。

 器がティーカップなら更に良かっただろうが、ここは地面の上の魔導院ではなく、風の中を進む飛空艇である。

 確かにプラスチックのマグカップの方が落とした際も割れにくくて安心だ。この辺りもクイーンの考えなのだろうが、そこまで微に入り細に入れる気遣いの奥深さは流石としか言いようがない。

 成績や記憶力ならトレイやエースも良い方に入る。だが、このような気配りや思慮の深さはクイーンにしか持ち得ない頭の良さだ。

 しかも実際に行動を起こすのだから、行動力もずば抜けている。本人は皆に喜んで欲しいと思ってやっているのだろうが、その奥深すぎる優しさもクイーンらしいと思った。

「ねえ、トレイはあの二組、どう思う?」

 色々と考え込むトレイにシンクが声をかけてきた。その後ろでクイーンがテーブルの上に置かれたシンクのマグカップに追加の飲み物を注いでいる。

「どう、とは?」

「私はね、エイトとケイトはハチャメチャラブコメ系で〜、キングとセブンはのんびりおっとりイチャイチャ系だと思うの」

「? はあ、そうですか」

「トレイはどう思う?」

 シンクは無邪気に小首を傾げて尋ねてくる。

 トレイは顎に手を添え、ふむ、と一声を置いて考え――ふと気づいた。

「……あの、すみません。ラブコメとは何ですか?」

「えええええ!?」

 シンクだけでなく、デュースやクイーンでさえもが驚愕の声を上げた。

「ト、トレイ、貴方、本は読む方なのではっ?」

「ええクイーン、確かに私は読書を嗜みます。……ですが、ラブコメなる単語は聞いた事がありません。イチャイチャは語感で何となく分かります」

 視線でソファに座っているカップルを指し、

「あの二人の事を言うのでしょう」

「ええ、それは合っています」

「トレイさん、恋愛小説は読まないんですか?」

 デュースが尋ねてくる。

 トレイは記憶を掘り起こした。

 魔導院に来てからもクリスタリウムで本は良く貸し出した。

 借りる本といえば、魔法の専門書に弓術の専門書に、他の学問の入門書から専門書に、浅めの内容が書かれた教養書。そればかりだ。

「読んだ事はありません」

 きっぱりと言ったトレイにデュースは呆気に取られた。が、すぐにハッとする。

 トレイは男性だ。

 確かに読書の量は抜きんでているが、恋愛小説を読んだ事が無くても何ら不思議ではない。

 女性なら好んで読むかもしれないが、そもそも思春期の男女の恋愛に対する敏感さは女性の方が圧倒的に上回っている。

 トレイが恋愛小説を読んでいない事を驚くのは御門違いのようなものだ。

 デュースは慌てて謝ろうとした――が、たまたまシンクが先に口を開き、

「トレイ、専門書とかしか読まないもんね」

「そういえば、わたくしもそのような気がします」

「そうですか? ……言われてみれば、確かに教養書ばかりで小説自体は読んだ事が無いような気がします」

 文学史や国文の専門書を読んだ事はあるが、確かに例題として上げられる小説自体を読んだ事は無いような気がする。

 小説の内容は、その歴史背景の解説や評論を読めば大体は内容が分かってしまうし、何よりとにかく本をたくさん読みたいという思いから、肝心の小説そのものを読んだ事は無かった。

「偏ってるね〜」

 シンクに言われ、トレイ自身もそう思った。確かに偏っていますね、と。

 ――何故にここまで偏っているのでしょう。 

 そこでふと、は昔の記憶を思い出した。自分が本を読み始めたきっかけ。幼少期の事だ。

 単にマザーの傍にいたくて、マザーの部屋の本が読みたいと言い出した。それからたくさんの本んだ。

 マザーの部屋に、確かに恋愛小説なる物は無かった気がする。ほとんどが専門書や教養書ばかりで、だから成長してからもそういった本ばかりを嗜むようになった。

「たまには小説なども読んでみると面白いですよ」

 読書が精神安定剤であるクイーンは同じ読書家のトレイに勧める。

「はあ……分かりました」

 トレイからはやや気の乗らない答えが返ってきた。

 やっぱり男性にはあまり興味の無いジャンルなんでしょうか、とデュースが思っていると、

「――っ? シンク?」

 不意にトレイが上ずった声を上げた。

 シンクがいきなり抱き着いてきたのだ。

 正面からトレイの胸に突入し、腕を背中に回してぎゅっと抱き着く。

 ぎゅううう、と。

 それはもう力強く。

「――い、ったたたたた……! シンク、ちょっ、力を緩めて下さい!」

 情けないと思う暇も無くトレイは悲鳴を上げた。

 数多の武器の中でも特に重量級のメイスを振り回すシンクの腕力がトレイの腰元を圧迫する。

 ギシギシと肋骨が軋む。肺も圧迫されているのか、息を吸っても息苦しさが治らない。

 トレイが割と本気で焦ると、慌ててクイーンとデュースがシンクを引っぺがしてくれた。

「……むぅ」

 シンクが頬をぷうっと膨らませる。

「怒りたいのはこちらですよシンク、どうしたのですか急に……」

 クイーンとデュースに礼を言い、制服の乱れを整えながらトレイが言うと、シンクはすっと腕を伸ばして指差した。

 その先にあったのは――部屋の隅で、壁にもたれ、座り込んだまま寝ているエイトとケイトの二人だった。

「毛布を持ってこなくては」

 クイーンが荷物置き場に向かう。

「あの二人がどうかしたんですか?」

 トレイはシンクに尋ねた。するとシンクが、今度はゆっくりとトレイに抱き着いた。

 背中に腕を回して抱き着く。が、今度は力加減をしているのか、肋骨が軋んだりはしない。

 シンクがぽつりと言った。

「……エイトはケイトにべったり。ケイトもエイトにべったり。セブンとキングはイチャイチャしているし。……シンクちゃんもべったりしたい」

「べったりって、私にですか?」

 シンクはこっくりと頷いた。

 トレイは浅く溜息を一つつき、

「なら最初からそうと言って下さい。全く、先程の抱擁は死ぬかと思いましたよ……」

 と、実に自然な動きでシンクを抱き締めた。

 シンクの背中に両腕を回し、包み込んで抱き締める。トレイの両腕にシンクはすっぽりと収まった。

 シンクが嬉しそうに頬擦りをする。

 いきなり幼馴染み二人のハグを見せつけられたデュースは真っ赤になった。

「お、おおおおおお二人さん、こんな所でっ……」

 二人は聞いているのかいないのか、あるいは聞こえていないのか、ますます抱擁を深める。

 毛布を持って帰ってきたクイーンがスッパリと言った。

「デュース、あちらへ行きましょう。バカップルには注意しても無駄なのです。先日に読んだ本にそう書いてありました」

「そ、そうなんですか? はい、分かりました……」

 ハグを継続する二人を置き去りにして、クイーンとデュースはさっさと遠ざかった。

 壁際に座り込むエイトとケイトにクイーンが毛布を掛ける。

 すると、エイトの瞼がゆっくりと開いた。何度か瞬きをした後、クイーンの姿を認めて、緩んだ表情を見せる。

「ん、悪い。有り難うな」

「いいえ」

 毛布の下でごそごそと何かが動く。ケイトがエイトの方に擦り寄った。

 姿勢が変わった事で、エイトの肩からケイトの頭と肩がずり落ちる。

「っと」

 エイトはそれを危なげなく抱き留めた。

 ケイトを片腕で抱き締め、もう片方の腕でもぞりと毛布を被り直す。

「じゃ、悪い。もう一眠りさせてもらうぞ」

「ええ。お休みなさい」

 クイーンは愛すべき兄弟に向かって笑みで答えた。

 エイトが目を閉じる。数秒で浅い寝息が聞こえてきた。

 いつも冷静だが、寝顔は幼い。そういえば兄弟の寝顔は久し振りに見たような気がする。

 クイーンは思わず頬を緩めた。

 すると背後からシンクの声が、

「今度は抱っこ〜。――きゃー、トレイすご〜い! 力持ちだねぇ、案外!」

「案外とは何ですか。これでも弓を扱う者として握力と腕力は日々鍛えています、そもそも継続する力こそが……」

「ねえねえ下ろして! ハグハグハグ!」

「え? あ、はいはいはい……」

「トレイあったか〜い!」

 ピンク色のハートが飛んでいるように感じられるのは気のせいだろうか。

 心なしか室内の気温が上昇しているような気がする。

 あの体温を保てば、雪が降る肌寒い皇国内でのミッションも楽々とこなす事ができるのではないだろうか。

「み、皆さん、仲が良いですね」

 壁際ではエイトとケイトが抱き合って眠り、ソファではキングとセブンがイチャイチャし、背後ではトレイとシンクがやや激しいスキンシップを行っていて。

 もうそこかしこから熱いハートが飛び交っていて、胸焼けがするような現状である。

「……楽しそうですね」

 イチャつくのはいいが場所を弁えて欲しい。

 クイーンがそんな思いを込めて呟くと、デュースは三組のカップルを順々に見て顔を真っ赤にしつつ、小さく頷いた。

「……そうですね」
 


 

 

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