昔から俺の両親は多忙で、何度も転校を繰り返した。
だから、友達は顔見知り程度にとどめてきた。
別れる時が寂しいし、何よりそれ以上親しくなる前に俺自身が転校をしてしまう。
そんな家庭だったけど、両親は、堂島の叔父さんや、あと俺と特に仲が良かった親戚の子の両親とは頻繁に連絡を取り合っていた。
幼い頃はただ仲が良いんだなって思ってたけど、今にして考えればあれは俺を預けてもらえるよう計らっていたのかもしれない。
どうでもいいし、確認なんて別にしないけど。
俺と特に仲の良かった親戚の子は、俺より二つ年上で、二卵性の双子だった。
兄の湊はクールでミステリアス。妹の奏は明るくて無邪気。
幼少期に両親を亡くした後、二人は親戚中を転々とさせられた。
そして、俺が稲羽市に来る前、俺の家にやってきたのだ。
当時の俺は中学生で、二人は高校生。
三人ともべったりと引っ付いて遊ぶ年頃じゃない。だけどそれなりに仲は良かった。
朝や夜に挨拶を交わして、勉強を教えてもらったり、散歩に出かけたり。
当たり障りのないコミュニケーションで、スキンシップだけど、穏やかで楽しい時間で、俺は二人と過ごす時間が大好きだった。何せ中学の奴らなんて馬鹿ばっかりだったから。
当時の俺から見て、二人はとても大人びていた。家を空けがちな俺の両親の代わりにおいしい夕飯を作ってくれたり、掃除や洗濯も進んで引き受けていた。
その頃、両親は滅多に帰ってこなかったけど、俺は親戚に預けられてはいなかった。
だから単に、物凄く気が利く人だと感心するだけだった。
でも、その健気な態度も、今にして思えばあの二人の処世術だったんだ。
親戚中を転々と回される中、時には邪魔者扱いされ、面と向かって言われた事もあっただろう。
それを回避するために、せめて重荷にならないようにと進んで家事を引き受けていたんだ。
俺の家にいる間、二人はいつも何かしら勉強なり家事なりをやっていた。
あの二人がのんびりとしているところなんて、ただの一度も見た事が無い。
一度、俺は「たまにはテレビでも見なよ」と言った。
すると夕飯を作るために冷蔵庫の中身をチェックしていた湊がぴたりと動きを止めた。パチクリと目を瞬かせて、眉尻を下げ、
「そんな事、初めて言われた」
あの時、初めて湊が年相応の子供のように見えた。
俺が二人と過ごしたのは短い期間だった。
二人は他の親戚の元へ行き、俺は奏が書いておいてくれたレシピをファイルに挟んで保存しておいた。
ちなみに作って菜々子に出したら、とてもおいしいと褒めてくれた。
陽介が「レシピ教えてくれ! ジュネスの惣菜で出すから!」って言うくらい。
当時のあの二人と同い年になった今、俺はあの二人に会いたいと切に思うようになった。
けど、それは叶わない。
何故なら、あの二人は死んでしまったからだ。
俺が知らされたのは電話でだった。
俺の当時の家に連絡を寄越してきたのは、最後にあの二人の面倒を見ていた親戚で、突然だがあの子達が亡くなった、と実に簡潔に述べてきた。
俺は最初、信じられなかった。両親も驚愕していた。
あの二人は持病も何も無い健康体だった。運動でもトップの成績を収めるくらい、あの二人は心臓も肺も脚力も並外れて優れていた。
死因は不明。事故でも病気でもない。ただ眠るように亡くなったらしい。
学校の制服を着て葬式に行った。
あの二人の遺影が飾られていて、棺があった。
何人かの人が泣いている。特に茶髪の女の子がポロポロと涙をこぼしていて、それを数人の女の子が宥めていた。
俺とは違う制服を着ている人達が、大半は泣いて、あるいは呆然としている。
でも、あの二人の死を純粋に悲しみ、惜しんでいるのは、あの二人と親しかったらしい学生さん達ばかりだった。
外に出ると、親戚一同がぴーちくぱーちくと囀り合っていた。
「あんなに若かったのにねえ」「死因、分かっていないんだって」「まあ本当に?」「あんなにいい子達だったのに……」「惜しいわねえ」「ねえ、持病とか本当に無かったの? 死因が分からないなんてやっぱり変よ」「持病は無かったらしいわよ。でもねえ、世の中には若年性とか突発性とか、そういうのもあるし」「やっぱり精神的に辛かったんじゃないかしら? あんなに色々な所を転々とさせられて」「御両親を幼い頃に亡くして、随分と苦労していたのに」「これからだったのにねえ」
嘘つけ、と思った。
みんな、自分の所に来ると掌を返したように邪魔者扱いしたくせに。
だからこそ、あんな風に無神経な噂話で、人の死を流せるんだ。
棺の中で眠る、あの二人の顔が脳裏で蘇る。
安らかに寝ていた。けど肌はぞっとするくらい真っ白で、血の気が無かった。あの二人の魂が消え去った肉体はただの肉体だった。
何で死んだのかは分からない。けど、最期は安らかに、痛み無く眠れたのだろうか。
そんな事をつらつら考えながら駐車場へ向かっていると、ふと一人の人が目に入った。
男の人だった。俺よりわずかに年上に見える。ざんばらな黒い髪をそのままに流したスーツ姿のその人は、あの二人がいる会場をずっと見つめ続けていた。
その横へ別の男の人がやってくる。肩を叩いて何かを言う。けど黒髪の男の人は答えない。
ただずっと見つめ続けている。
あの二人がいる、あの棺の方角を。
死んだ人は蘇らない。
それは良く分かっている。
何故なら今、俺は特別捜査隊なんてのをやってて、連続殺人犯を追いかけている最中なのだ。
だから、身に心に染みる。
人の命は戻らない。
一度きり。それでおしまいだ。
分かってはいる。
分かってはいるけど、それでも、俺は今でもあの二人に会いたいと思っている。