運動神経は抜群、至って健康優良児、ついでにいえば成績も優秀。
それが俺だ。
だけど最近、身体がとんでもなくダルい。
熱や関節痛や咳は出ていないから風邪じゃない、と思う。
親戚の援助を受けて暮らしている身だ。あまり無駄な金は使えない。
結局、大事を取り、宮本と西脇と竹ノ塚先生に頼んで部活は休部状態にさせてもらった。
そうしたら、竹ノ塚先生が他の体育の先生に掛け合って、体育の授業を見学扱いにしてもらえた。課題を出せば融通してくれるらしい。
先生に礼を言うと、しっかり休んでおけよと言ってくれた。
運動部の顧問だ。何か俺の体調を、俺じゃ分からないところまで察したのかもしれない。
病院に行ってみろと言われたが、断った。
ただのダルさに過ぎないと、思っていたから。
俺の体調に異変が出たのは二月に入ってからだった。
とにかく身体がダルく、異様に重い。
日常生活はこなせるけど、走ったり跳んだりといった派手な運動は無理だ。
同じクラスの岳羽さんと順平には「大丈夫?」と何度も尋ねられた。それくらい体調は酷かった。けど学校には通った。ただダルいだけだよな、と半ば祈るように信じて。
体調の他にも、もう一つ不思議な事があった。
「私達……付き合っているんだよね?」
岳羽さんが小首を傾げて尋ねてくる。俺は口籠もりつつ、一応としか答えられなかった。
岳羽さんといえば男子に大人気の学園のマドンナだ。物凄く人気も高い。
確かに寮は同じだけど、俺と岳羽さんの間の繋がりといえばそれだけだ。
ただ俺達の間には付き合っているという事実だけがある。
そこに至る過程が、ぽっかりと、穴が空いているように無い。
不思議としか言いようが無かった。
一応は恋人らしい岳羽さんとはよそよそしい距離感ができた。
彼女との距離を掴みかねている内に一月が過ぎ、二月に入ると、身体のダルさが酷くなり、放課後はまっすぐ寮に帰るようになった。
鉛を飲み下したような気怠さに、俺はようやく単なるダルさじゃないのではないかと思うようになった。
これは疲れなんてレベルじゃない。
まるで生命力を吸い取られていくような重さ。
そこまで考えて、首を横に振った。
冗談じゃない、縁起でもない。
俺は死ぬ気なんてさらさら無い。まだ十代の半ばだ。まだまだ生きていくつもりだ。死ぬなんて冗談じゃない。
三月に入り、そしてついに卒業式の日を迎えた。
とはいっても二年生の俺は在校生として出席するだけ。
同じ寮の先輩が卒業するから出席はするけど、本音を言えば面倒臭いのでサボりたい。
どうせ寮の先輩達とはそんなに仲が良いわけじゃないし、別にいいかなと思いつつ自室のドアを開け、さあ通学と足を踏み出すと、そこに同じ寮に住むクラスメートがいた。
「アイギス」
今にも泣き出しそうな、何か言いたそうな彼女の表情を見て、ようやく俺は全てを思い出した。
卒業式には出席せず、屋上のベンチに横たわる。
と、アイギスが膝枕をしてくれた。
とろりとろりと微睡む意識のせいで、うわ大丈夫かな浮気じゃないかな、とか、そんな風に考える気力すら無い。
ただ意識がゆっくりと剥がれていく。まるで剥がれ落ちた欠片がどこかへ向かっているように。
「……アイギス」
「何ですか?」
アイギスが泣きたそうな声で尋ねてくる。
俺はこれだけ伝えた。
「有り難う」
瞼が重くなる。
最後にふと、あの娘の笑顔を思い出した。
――――人を愛するという事を、理屈じゃなく、本能で感じた。
感じて、得て、心に留める事ができた。
有り難う、愛する人。
俺は最初で最後の恋を、全力で貫いた。
ほんと、脱力系で「どうでもいい」が口癖の俺にしては、良く頑張った方だ。
考えてみればこの一年で人生分のエネルギーを使ったんじゃなかろうか。
意識の中、オルフェウスがゆっくりとハープを奏で、数多のペルソナ達がこちらを見て、労わるような眼差しを向けてくる。
有り難う。
お前らがいるんなら、死ぬのも寂しくない気がする。