望月綾時、という少し不思議な奴が友達に加わった。
綾時は何故か俺と親しくなろうとしていて、俺も何故か綾時の事を他人と思えなくなっていた。
何だか久し振りに会う友のような感覚。
色や文房具や本の趣味や好みがぴったりで、気が付けば色々と話し込んでいた。
それでゆかりがやきもちを焼き、そっけない態度を取るようになったので慌てて謝った。
「ん……別にいいけどさ」
「今日は、一緒に帰ろうか。二人きりで」
「……勉強、教えてくれる?」
「勿論。……ああ、そうだ。帰りにシャガールに寄って、テイクアウトでケーキとコーヒー買おうか」
「……ショートケーキね」
「了解、お姫様。俺はモンブランかな」
「半分、頂戴ね」
「あーんしてあげるよ」
「べ、別にいいってば!!」
「お二人さんラブラブだね〜。僕はモンブラン!」
「ケーキの好みまで被っているのか……。俺のバイト代はゆかりと俺のためだけに使う。お前は自分で買え。あと順平、お前も来てくれ」
「へ? 何で俺っち?」
「俺とゆかりが二人で喋るために、お前は綾時の相手をしていてくれ」
「ぷっ……! そ、それじゃあ何だか望月君と順平がダブルデートしているみたい!」
「「何だってぇ!?」」
「俺にはチドリンがいるっての!」
「あっはははは、僕と順平君がデートか!」
「じゃあ行くぞ」
「え!? ほ、本当に行くのかよ!?」
「行こうよ順平君、僕、あの二人をもっと近くで見ていたいなぁ」
「……お前、度胸あるなあ綾時」
この日はシャガールでケーキとコーヒーを買って、寮に戻って綾時も招き入れ、俺がコーヒーを淹れた。
本当は二人きりで食べる予定だったけど、綾時が順平と自分の分のケーキを買ってきていた。お客様を放って部屋に行くわけにもいかない。
だからラウンジで食べた。まあやる事は変わらなかったんだけど。
「ゆかり、ハイあーん」
「こ、こんな所でやっちゃうの!?」
「お熱いねえ、お二人さん。ほら綾時も、ひゅーひゅー!」
「ひゅーひゅー!」
「それ古いっての!!」
とか言いつつ本当にあーんって食べてくれた。ゆかりは本当に可愛い。
――――そういう、何でもない、けれど満ち足りた日々がひたすらゆっくりと穏やかに流れた。
けれど世界というのは意地が悪くて、俺とゆかりをそのままそっとしておいてはくれなかった。
すぐ傍にいた大人の裏切り。
綾時の正体。
アイギスの役割。
俺の過去。
気が合っていたなんて当たり前だ。綾時は俺の一部だったのだから。
十二月三十一日の選択の日、人間じゃない姿に変わった綾時は、それでも人間に聴こえてしまう声で俺に言った。
「御免ね。もしかしたら僕は君の感情を吸い取っていたのかもしれない」
「え?」
「僕は君の中にいる間、君の影響を受けていた。君の中にいたんだ」
「つまり俺が無感情で無愛想だったのはお前のせいだと」
「多分ね」
「いいよ、別に」
俺はもう、俺の感情を取り戻せたから。
チドリの生存を確認して安堵できた順平がやる気を出し、タルタロスの頂上への道がどんどん開けていく。
この日のメンバーは俺と順平と真田先輩とコロマルという、まさに突っ走るのが得意なメンバーばかりだった。
ナビの風花が驚くくらいの勢いで駆けていく。
けれど、走っているのに、最後まで抗うと決めたのに、何故か俺の心には一抹の不安が残っていた。
そして、一月三十一日。
ジン、タカヤ、それにニュクス・アバターの綾時を倒し、ついにニュクスまで上り詰めた。
上り詰めたというより、導かれたというべきか。
俺一人の身体がふんわりと浮かんで、そのまま引力のように引き寄せられていく。
ニュクスには小剣も何も効かなかった。情けない事にただの一撃で気絶した。
でも、仲間の声が聞こえてきて、力が湧いてきて、俺は立ち上がった。
倒れるわけにはいかない。
負けるわけにはいかない。
ここはどうしても絶対に譲れないのだ。
――――その時、頭の中に、あいつらの、あの人達の声が聞こえてきた。
友近。小田桐。文吉爺さんと光子婆さん。宮本。伏見さん。Y子。平賀先輩。西脇。舞子ちゃん。べべ。たなか社長。無達さん。早瀬。末光。神木さん。
みんなが心の中で俺に語りかけてくれていた。
俺の事を想ってくれていた。
俺とその人達の間には大切な絆があった。
脳裏にエリザベスとイゴールさんの姿が浮かび、その絆が一つのアルカナに姿を変える。
ユニバース。宇宙。
そう、ここは、この俺の心は俺だけの宇宙だ。
俺とゆかりが住む大切な場所。
大切な人と育んだ大切な絆。
この絆と、大切な人と、ゆかりがいる場所は、絶対に守る。
影人間で溢れた世界になんてさせやしない。
腕を持ち上げる。
人差し指と親指を立てる。
召喚器の形を作り、撃ち込んだ。
大いなる封印。
それが成功した瞬間、俺は、何かとてつもなく重要な、無くしてはいけないものを手放してしまったような、そんな凄まじい焦燥感に駆られた。