「チヒロ、ただいま」
「……お帰りなさいです、ワタル様」

ぽつりと、それでも確かに返事が返ってくる。
チヒロの屋敷で最も広い面積を持つチヒロの自室。
その奥には、大量のぬいぐるみをベッドのように敷いて、その上に乗っかり、更に巨大サイズのぬいぐるみを抱き締めているチヒロの姿があった。
白いワンピースを着て、白い素足を無防備に露出させているチヒロは、可愛いというより綺麗で、美しいというより儚い。
まるでチヒロ自身も人形のようだ。
笑えば可愛いのに表情は仏頂面で、本当に勿体ないと思う。

「今日もこの部屋に閉じ籠もっていたのかい?」
「いいえ。食事と御風呂とトイレのために三回ほど出ましたですよ」
「家の外には?」
「いいえ。一度も」
「なら明日に行こう。桜がとても美しいんだ。俺のカイリューに乗って、一緒に見よう」
「……いいんですか?」
「何が?」
「私がカイリューに乗っても」
「俺のカイリューは君に懐いているよ。大丈夫」
「そう、ですか」

チヒロがほっと安堵の表情を見せる。
今更、遠慮する必要も無いのに。変に律儀だ。

「さ、寝よう」

俺はぬいぐるみをどかしてチヒロの身体を抱え上げた。
細い。それに羽根のように軽い。
チヒロはまだ腕に二つ三つ小さなぬいぐるみを抱えていた。

「それは置くんだ」
「どうしてですか?」

チヒロがぎゅっとぬいぐるみを抱き締めて涙ぐむ。本気だ。本当に分かっていない。
微妙な男心ってやつが。

「これから俺達が寝る布団に、俺達以外の存在は入れたくない」

俺がきっぱりと言うと、チヒロはややあってから、へら、と笑った。

「そうですね。確かにそれはぬいぐるみでも許せませんです」

御免ね、と言い添えて、チヒロはぬいぐるみをそっと、ぽとりと落とした。
このぬいぐるみはずっとチヒロに抱き締められて、ずっと必要とされてきたんだ。
踏みつけたくなる気持ちを抑えつつ、チヒロを抱えたまま歩いて、予め敷かれていた布団の上にそっと寝かせる。

「この布団、私が敷いたのではないのです」
「使用人かい?」
「いいえ。お母様なのです」

思わず苦笑してしまった。
チヒロのお母さんは、チヒロを愛していないわけじゃないけど、純粋で純血のフスベの人でもある。
俺の家系や従妹のイブキや、俺に対して絶対的な何かを抱いているのだ。
それを苦しく思う事も、もう慣れた。

「ワタル様。御仕事、お疲れ様なのです」
「有り難う」

チヒロに言ってもらえるだけで、凝り固まった心の疲れがほぐれていくようだ。
俺はチヒロの隣に寝転んだ。
腕を差し出すと、チヒロは素直に頭を置いた。
そして。
俺に向かって両手を伸ばした。

「お休みなさい。ねんね、なのです」

俺の髪から頬をそっと撫でてくる。
久し振りのチヒロの指に、チヒロの体温に安堵して、俺は目を閉じた。
俺がチヒロを抱き締めているのに、まるでチヒロに包まれているみたいで。
こんなに温かく優しい居場所から、もうきっと一生、俺は抜け出せないんだろう。


 

 
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