※鬱気味
※グロテスク注意


ああやめて。やめてやめて。
分かってる、私が貴女達にとってどれだけ邪魔な存在なのかはよーく分かっている。
だからお願い。
私の人生観や存在意義を何もかもを知ったような振りをして否定してくるのはやめて。
電話線は切った。
ポケギアも壊した。
ポストに取り付けられていた住所と名字が書かれているプレートも取り除いた。
家を出た。
必死に逃げた。
おかげで、毎日のように来ていた嫌がらせ電話や呪いの手紙はぷっつりと途絶えた。
呪詛のような言葉も聞こえなくなった。
私が死ぬようにと願う声も感じなくなった。
私はようやく呼吸を覚えた。
暗くて静かな場所。
ゴーストポケモンだけがひっそりと漂う場所。
そこで人間の私が居場所を見つけるなんて、何とも滑稽だけれども。

ある日、ゆったり、ふわふわとたゆたうゴーストポケモン達が突然に騒ぎ出した。
何かと思っていると、私やゴーストポケモンの住処に風を巻き起こしながら、巨体のドラゴンポケモン、カイリューが降り立った。
カイリューの背から人影が下りる。
高い金属音の足跡が響く。
こっちに来る。
私の目の前でその人は立ち止まった。
私の名前を呟きながら、その人は……彼は手を差し伸べてくる。
私は手を差し出さない。
彼は困惑した顔をしながらも腕を伸ばす。
けど。
彼の手が私に触れる事は無かった。
彼の指は私の身体を擦り抜けてしまう。
それは、彼は生者で、私はそうではないという、証拠。
彼が目を見開く。顔がさあっと真っ青になる。目にじわりと涙が滲んでいる。
そんな彼は初めて見たから、私は少し驚いた。
彼が両腕を広げて、私を抱き締めてくる。
温もりは感じられない。
当たり前だ。私の身体は、もう、そうなってしまったのだから。

「チヒロ」

彼が私を呼ぶ。
私も彼を呼ぶ。

「ワタルさん」

呟くけど、きっと届かない。
私がワタルさんの声を聞く事ができても、ワタルさんは私の声を聞く事ができない。
もう、そうなっちゃったから。
御免なさい。
貴方を傷つけるつもりは無かったのに。
私も、こうなるつもりじゃなかった。

本当は家を出て、一日だけポケモンセンターに泊まって、すぐに帰るつもりだったの。
けど、家を出て、少し歩いた途端に後ろから誰かに刺されて。ぐったりと倒れたらずるずると引き摺られてしまって、私の身体は運ばれて行った。
そして、町外れの適当な所に埋められてしまった。
私はそれを、いわゆる幽霊の状態でずっと見ていた。
私が失踪してもしばらく誰も気づかず――まあそれはポケギアを壊して連絡手段を自ら絶って引き籠もっていた私にも一因があるかもしれない――合鍵を使って家に入ったワタルさんがようやく異変事態に気づいてくれた。
イブキさんも巻き込んで探してくれたけど、私の遺体は見つからず。
私が死んでから三ヶ月が経った頃、わざわざシオンタウンからゴーストポケモン達が来てくれた。
ずっとここにいたら危ないよと優しく声をかけてくれて、私はゴーストポケモン達の住処に特別に仲間入りさせてもらえる事になった。

『御葬式はまだ挙げてもらえないの?』
『人間なのに』
『せっかく人間に産まれたのに』
『勿体ないね』
『人間も人間に酷い事をするんだねえ』
『好きなだけここにいるといいよ』

私利私欲でしか動けない人間より、純粋に生きるポケモンは本当に優しかった。
けど。
今、私を抱き締めてくれているのは、ひょっとしたら生前の私を唯一愛してくれたかもしれない人。
私も唯一この人だけを愛した。
ああ。
そう。
一生涯の心と愛と覚悟を捧げるつもりだったのに。

「チヒロ、君は……」

ここに来たという事は、貴方はもう私の今の状態を察しているんでしょう。
だったらお願い。
遺体を探して、とは言わない。
御葬式を挙げて、とは言わない。
その代わりに、貴方は生きて、笑って。
私が愛した、あの鮮烈に、焦がれてしまうくらいの強さを、貫いて。


 

 
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テーマ「人外ファンタジー」
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