あっちの世界の奴がこっちの世界に来るのは滅多に無い。
こっちの世界に良く遊びに来るのは、穏やかな性格のヒビキや好奇心旺盛なコトネ、ポケモンの研究の話で気が合う『もう一人の俺』くらいで、実はこっちの世界に来る奴はそんなに多くない。
逆に、こっちからあっちの世界に行く奴は大勢いるんだが。
「こんにちは。どうも、初めまして。ヒカリって言います」
さらりと長い髪を揺らして微笑えむ彼女は、俺の知らない子だった。いや、顔は知っているけど、雰囲気がかなり違う。
俺はおじいちゃんの研究所の庭でポケモンの観察をするため、手元のバインダーとレポート用紙に目を落としていた。
そこにすっと影が差したから、雲でも出たかと思って顔を見上げて――彼女と目が合ったのだ。
いつの間にかそこにいて、太陽を背にして立っていた。
ああだから日陰ができたのか、と呑気に思ってから、俺はハッとした。取り敢えず自己紹介をしなければ。
「初めまして。そっちにもいると思うけど、俺はこっちの世界のグリーン。宜しく」
「はい、こちらこそ」
ヒカリ、と名乗った少女はにこりとした。俺の隣を目線で指して、
「隣、いいですか?」
「ん? ああ、構わないぞ」
じゃあ、とヒカリはとすんと俺の隣に腰掛けた。
「雨上がりなんですね」
空を見上げて言う。
さっきまで大雨が降っていたからか、大きな雨雲が去った後の空はやけに青くて澄み切っていた。
庭の草原には滴が残っていて、窪みには雨水が溜まっている。
俺とヒカリがいるのは、庭で二番目に大きい大木の木陰だった。
木葉の筋を伝って、滴が落ちる。
「私、こっちの世界には初めて来ました」
ヒカリが庭を眺めながら言う。
広くて広い庭には、何種類ものポケモン達が戯れている。
遊んだり、昼寝をしたり、何か話していたり。
「どうだ? こっちの世界は」
「いい場所ですね」
隣を見ると、ヒカリはにこにこと笑っていた。
「ポケモンがいて、楽しそうにしていて。バトルする人も、遊んでいる人も、一緒に仕事をしている人もいて。こっちの世界とそんなに変わらない」
ヒカリはすっくと立ち上がった。
庭の方にでも行くのかと思いきや、その場で両腕を広げて、一歩、二歩と、ゆっくりと歩いていく。
まるで風や太陽の光を受け止めて、充足しながら進むように。
「――凄いですよね!
こっちにもあっちにもポケモンがいて、私がいて、皆さんがいて!
きっとポケモンが架け橋になってくれたんですよ。そうじゃなきゃきっと出会えなかった!
皆さんにも! ジュンにも! コウキ君にも!
……きっとポケモンがいなきゃ出会えなかった!
だからポケモンが全ての始まり!」
その場でゆっくりと、くるりくるりと回ってみせる。
彼女の腰のベルトからボールが弾け、出てきたゲンガーが真似するようにくるりくるりと回ってみせる。
「ねえグリーンさん! 凄いと思いません!?」
太陽を背にして、ヒカリが笑う。
媚びも甘みも、爽やかさも温もりも無い、ただの純粋で純真な笑顔。
ポケモンの存在は素晴らしいと、彼女は大声でそう語る。
「ポケモンが、私達を繋いでくれたんです!」
俺は哲学めいた事はあまり考えないようにしている。
この世界にいるなら誰もが思っている事だ。ポケモンって何だろう、とか、人間とポケモンが共存できるのはどうしてだろう、とか。
だけど、敢えて、ヒカリのような考え方をしてみるのも悪くない。
どうして一緒にいられるのだろう、ではなく、一緒にいられるのはとても素晴らしい事だと。
「……ああ! そうだな!」
「グリーンさんもそう言ってくれますかー!?」
何故かはわからないけど大声で叫び合う。
「この世界は、ポケモン達で繋がっているんです!」
ああ、きっとそうだ。
だからポケモンがいる限り、きっと俺達は終わらない世界を歩いて行くんだろう。
ポケモンと一緒に、だからこそ、ずっと。