あれから、あの夢は見なくなった。
体調は回復し、翌日には熱もすっかり下がっていた。
「本当に良かったです。先輩が元気になって」
「良かったばい!」
「有り難う、二人とも」
クリスが元気になってから、二人はホウエン地方に戻って行った。
持て成す気でいたのだが、二人は二人でやる事があるのだろう。
グリーンもジムに戻った。クリスが代理をしてくれた事への礼を述べると、別に構わない、という一言だけが返ってきた。
だが声はぶっきら棒ではなかったし、返事を貰えたのも事実なので、クリスは気を取り直して仕事に戻った。
「おおクリス君、体調は大丈夫かい?」
「はい、オーキド博士。御心配をおかけしました。今日からまた頑張りますね」
いつも通りの日常が戻った。
ムチュールと一緒に仕事をこなし、途中で昼食を摂って休憩し、また仕事をこなす。
そうして、つつがなく一日が終わった。
――と思った時だった。
「おーい真面目委員長ギャルのクリスちゃん、何か一つ忘れてないか?」
地を這うようなゴールドの低い声にクリスは振り向いた。
何かひたすら待ちくたびれたような顔のゴールドに、そうだわこれ言わなきゃいけないわねと、クリスは満面の笑顔、
「――助けてくれて有り難う。ゴールド」
花のような笑顔にゴールドの顔に熱が走る。
慌ててそれを隠すようにゴールドはそっぽを向き、
「ま、まあな! マジ俺がいなきゃ駄目なんだからさ!」
「そ、そんな事ないわよ、そんなに迷惑かけたりしないわよ!」
「あぁ!? いやそーじゃなくて……!」
やんややんやと騒ぐ若人二人を、大人達が温かい笑みで見守る。
*
エンジュシティを歩いていると、ふとゴールドが顔を上げた。
どうしたの、とクリスが尋ねると、彼は胸元に掌を当て、くすりと小さく笑う。
「何だか今、あったかくて優しくて、でも凄くもどかしい気持ちが生まれたんだ。……きっとクリスと喋っているんだと思う」
「そっか」
頷くと、胸の中にふと小さな光が生まれた。温かくじわりと染みていく気持ちは、もう一人のクリスが感じているものだ。
「……私の方は……ふふ、ゴールドが怒るの何で? って戸惑ってる」
「もう一人の俺って、素直に言えないからなあ」
二人でのんびりと笑い合っていると、先にスタスタと歩いていたシルバーが足を止めて振り向いた。
目線で、早くしろと訴えてくる。
「はいはい、今行くってば。少しくらいのんびり歩いてもいいじゃない」
「ここのジムリーダー、マツバさんだっけ? 頼めば再戦してもらえるかな」
二人ではしゃぎながら、三人でゆっくりと、旅路を進めていく。
いつも心に、もう一人の存在を感じながら。