ここで、待っている。







「しょ、しょしょしょしょしょ庄ちゃん!」


「? 何だい団蔵。そんなに口籠もって」


「あ、ああああああのさ。あのさ! 言いたいことがあるから、さ、明日ここに来てくれ!」


「宿題を手伝うのは無しだよ」


「違ェよもう馬鹿庄ちゃん! ――明日、同じ時間にここに来てくれ。約束だぞ。絶対だからな!」


「わかったよ。――そんなに念を押さなくても、絶対に来るって」







 待っている。


 いつか、来てくれると信じて。







「遅いな団蔵、何やってるんだあいつ……」


「庄ちゃん、庄ちゃん!」


「伊助……どうしたんだ、そんなに慌てて」


「あ、あのね、だ、団蔵が……!」


「……どうかしたの?」


「さ、さっき、学園の近くで盗賊が暴れてるって情報が入って……だ、団蔵が、い、行っちゃって、それで……!」


「……まさか人質として捕まって拉致されたの? それとも怪我?」

「ち、違うの、団蔵は、団蔵は……!」







 こうして記憶を振り返っている今、あの頃はただ泣き叫んだ覚えしか無いが、今ならわかる。


 どうして彼は級長である自分を頼らず、少数の友人と共に突っ走ってしまったのか。







「この馬鹿団蔵! 馬鹿旦那! どうして……どうしてだよ!? どうして僕を頼らなかった!? 何で知らせに来なかったんだ!」


「落ち着いて、落ち着け庄左ヱ門!」


「いくら僕でも冷静じゃいられなくなる時はある! ――虎若、金吾、それにみんな、どうして団蔵を止めてくれなかったんだ!? 何でお前らだけで突っ走って行ってしまったんだ!? 俺達のリーダーは僕だって、僕が立てる作戦なら絶対に成功するって、言ってくれたのはお前達だったじゃないか!」


「庄左ヱ門……」


「たかが山賊だからって侮って――突っ走って――この馬鹿旦那、本当に馬鹿だよお前は!」


「しょ、庄ちゃん」


「待っていた僕が馬鹿だった! あの時、堀の向こう側が何か騒がしいなって気づいていたのに、空耳か小さな騒動だろうって放っておいた僕が馬鹿だった! どうして、どうしてあの時の僕は待っていたんだ!? 待ってちゃいけなかったのに! ――お前が、待っててなんて言ったから……!」







 そう。


 あの時、自分はただひたすら待っていたことを後悔した。


 どうして彼の命の危機に駆けつけてやれなかったのか。どうして彼の死に際を看取ることさえできなかったのか。


 周りが心配するほどに憔悴し、ついには何も物が食べられなくなり――確か結局、自分も在学中に命を落としてしまった。


 忍務ではない。実践訓練中の時でもない。


 伝染病に罹り、そしてそうと自覚する前に死んだ。


 そう記憶している。







「庄ちゃーん。表のポストに手紙が来てたよー」


「え? ……ああ、ありがとう伊助」





 思う。


 昔のこと。室町時代の頃。その頃の家族。自分。友人。先生。


 そして、大切に思っていた人のことを。


 あの手紙を受け取った日に蘇った全ての記憶を、古くなって黄ばんだ本の頁を捲るよりも繊細に、思い出していく。


 一番大切な問いと答え。


 どうして自分はあの日、待っていたのか。







「ねえ、それ誰から? 加藤って、まあ、ありふれてる名字だけど庄ちゃんの周りにはいないよね」


「うん、確か……」


「てか何で宛先が『黒木庄左ヱ門様へ』? 時代劇に出てきそうな名前だけど。つか庄ちゃんは女の子なんだけど。これまんま男の名前じゃん」


「微妙に似てはいるんだけどね。庄の文字は同じだし……」







 待ちたかったのだ。彼が来るのを待ちたかった。


 待っていたら、彼に会えるから。他ならぬ彼が会いに行くと、そう言ってくれていたのだから。


 しかし彼は約束を破った。そのことが悲しくて、腹いせに待っていたことを後悔し、いつしか忘れ去っていた。


 あの日、自分は本当は何を望んでいたのか。







「え、行ってみるの!? やめときなよ危険だよ、これ個人名を装った変なダイレクトメールとか、もしくはストーカーからの手紙かもしれないよ!?」


「でも、行きたい」


「どうして……?」


「――待ちたいから」


「え? ……会いに行くんじゃなくて?」


「うん」







 過去の記憶を持っている自分にとって、今は過去の延長線上だ。


 だから、この約束は、今も心を苛むこの約束だけは果たしてもらわなければ。

 





「待っていたら、きっと来てくれるから。……だって、そう約束してくれたから」


「約束したって、庄ちゃんこの人に会ったことあるの?」


「あるよ。何度もね」


「あれっ、じゃあ知り合いだったの?」


「まあね。――私、行くね。ここに。約束を、果たしてもらうために。あと、私個人として待ちたいから」


「よくわかんないけど……気を付けて行ってくるんだよ?」


「ありがとう伊助。今も、昔も」


「?」







 ここで、待っている。


 待っているから。


 盛大な遅刻もビンタ一発で許してあげるから、だから早く来て。


 ねえ。


 私はここにいるよ。
















「――庄ちゃん! 庄ちゃん!!」


「……! だ、――この馬鹿旦那!」


「えええそこ団蔵でしょ俺の名前でしょ普通! あ、俺、今の世界でも団蔵だから宜しく! 庄ちゃんは!? ええと、――あれ女の子!? あ、でも庄ちゃんでいいよね可愛いし可愛いから愛称はそのままでいいよね!?」


「落ち着いて」


「うん。――庄ちゃん」


「何?」


「御免!」


「……」


「あと、待っててくれてありがとう!」


「……ほんとにもう、何十分どころか何百年単位の遅刻だぞ馬鹿……!!」


「御免。――だけどもう、不必要に格好つけようとして突っ走ったりしねえから。虎若や金吾の言うこともちゃんと聞くから。だから、あの時に庄ちゃんに言おうとしたこと……聞いてくれる?」




 




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