ねえ。
「団蔵、そっち、左に回り込まれるぞ!」
「金吾、頑張れー!」
僕の気持ちに気づいて。
「よっしゃ団蔵行けー!」
「金吾、負けないでー!」
気づいて。
「あーっ!」
「やったぁー!」
でも、気づかないで。
「惜しかったなぁ、団蔵」
「金吾、凄かったよー!」
気づいて欲しい、けど、気づかないで。
「ほい、手拭い」
「はい、お水だよー」
でも、ねえ、気づいて。
「おーい、兵太夫ー」
「兵太夫、ずーっとそこに突っ立ってないでさ、こっちおいでよー」
「――えっ!? あ、う、うん……」
ちょいちょいと手招きをする喜三太に呼ばれ、兵太夫は壁から背を離して四人の元に歩み寄った。
団蔵とあれこれ組み手について話し込んでいる虎若に「ねえ」と声をかける。半ば横槍に等しいが、慣れている二人は特に負の反応は返さなかった。
「何で僕がいるってわかったの?」
問うと、二人はニマッと笑った。悪意はないが悪戯っぽいその笑みに兵太夫は口元を引きつかせた。何だか嫌な予感がする。
「そりゃあ、だってさ」
「あんなに熱い視線を投げかけていたら、部外者の俺達でも気づくっての」
くく、と喉を震わせて虎若が笑う。
美男子、美少年、中性的と評されることが多い兵太夫は、その男らしい低い声と、いっそ壮年の男のようにさえ見える笑い方に眉根を思いっきり寄せた。
「どうした?」
団蔵が尋ねる。こちらも虎若とは違うタイプだが、凛々しくて頼り甲斐のある男前だ。
羨ましくて仕方ない。中性的な美貌など、女装の時は楽だし、情報収集もはかどるが、しかしそれだけだ。
相手の気を惹きつけたいのなら、やはり男らしい見目の方が良いに決まっている。
兵太夫が想いを寄せている相手は、美麗で端正な男前というタイプである。だからこそ、言い寄り、想いを告げた自分は彼よりもっと男らしい男でありたいと思う。
しかし心根の方はどうにかできても外見はどうしようもない。だから攻め役に相応しい男前の男である虎若と団蔵が羨ましくて仕方がない。
「――ふん」
鼻を鳴らした。足を軽く持ち上げ、トン、と地面を軽く蹴る。
次の瞬間、発動した罠が団蔵と虎若を飲み込んだ。
「ぉわあああああ!?」
「な、何で中庭にカラクリが――!?」
飛んできた綱が二人をぐるぐると縛りつけ、ガコンと開かれた庭の隅にある穴へと投げ落とされる。二人の悲鳴がエコーのように響いて消えて行った。
それを唖然と見ていた金吾と喜三太は、数十秒ほど経った後でハッとなった。
「へ、へへへへへ兵太夫!?」
「はにゃー。手加減はした?」
「したした。大丈夫」
明るく笑み、兵太夫はちらりと金吾を見た。
一つに結わえたまっすぐな髪。綺麗な鼻筋。やや鋭い目つき。背筋はピンと張っており、姿勢が良いせいで高身長が更にすらりと高く見える。細く鋭く引き締まった顔立ちには、その鋭さを損なわないという矛盾をたたえた淡い笑みが浮かんでいた。
「中庭にもカラクリを仕掛けたのか。凄いな、兵太夫は」
「ふふん、まだまだ。僕が本気を出したらこんなものじゃないんだからね」
「そ、それは怖いな……あれ以上があるのか……」
首を傾けつつ言う金吾。顔立ちが綺麗だから、どんな仕草でも映える。そして兵太夫はそんな金吾が好きだった。
「僕の実力を甘く見ちゃいけないよ? お前ら鍛錬トリオはただでさえ僕が羨む顔を持っているんだ、嫉妬は半端じゃないからね」
「兵太夫の中性さもいいと思うんだけどな、綺麗で」
さらっと言う金吾。
その言葉にトクンと心臓が跳ね、兵太夫は慌ててぷいっと横を向いた。
願う
「――わ、っと!」
「大丈夫、金吾?」
「ああ、足を引っかけただけ――」
「ぅああああああっ!?」
「こ、今度はどこだ、排水溝か、井戸の底か、どこに落ちるんだー!?」
「……い、今の、団蔵と虎若……?」
「はにゃー。兵太夫、金吾には甘いけどそれ以外には全然容赦しないからねー」
ねえ。
僕の気持ちに気づいて。
僕はこれでも、君に対しては甘く優しく接しているつもりなんだ。
これでも、だけどね。
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