ねえ三郎、覚えてる?


 昔の僕は、実は今みたいに大雑把で穏やかな性格なんかじゃなかった。


 君が僕の顔を使う度に、僕の顔を勝手に使うなって怒った。


 今にして思えばよく飽きないなって思うくらい、何度も何度も。


 その度に君は相変わらず飄々とした態度を取っては更に僕を苛々させ、僕はそんな自分に更に苛々し、君の態度は全く変わらないものだからついに爆発した。


 僕は泣き出してしまったのだ。


 我慢の限界が来ていつものように怒り、怒鳴り、でも君は反省するどころかつんけんとした態度で「何泣いてんの?」って感じで睨んできた。


 その視線に僕は、僕の悲しみや怒りや苛立ちなんて君にはこれっぽっちも届いていないんだと思い知り、癇癪を起こす僕を宥めていた竹谷や兵助や勘右衛門の前で、泣いた。


 そりゃもう思いっきり、びーびーわーわー泣いた。


 鉢屋の馬鹿、何でわかってくれないの、僕は嫌なのに何でわかってくれないの、何で、何で何で。


 僕の顔は使ってもいいよ、でも僕の顔で悪さしないでよ、僕が誤解されちゃうじゃないか、そんなの嫌だよ。


 鉢屋は鉢屋でいてよ。僕の顔でいないでよ。


 多分、そんなことを言った。


 要するに僕は君の顔が見たかったんだと思う。あと君の悪戯に我慢の限界が来ていたんだと思う。


 ただひたすら僕は「君のままでもいいのに」「君は君なのに」と言っていた。鉢屋三郎はどんな顔でも鉢屋三郎なのに、当時の僕はそんな当たり前のことに気づけなかった。


 鉢屋は僕の顔なんか使わなくても凄いんだから素顔で行けよとか、多分、僕はそんなふうに言いたかったんだと思う。


 びーびーと泣き喚く僕を同級生の三人は宥めてくれた。でも僕は泣きやまない。竹谷と兵助は困ったように顔を見合わせ、勘右衛門はおろおろしていた。


 その時だった。


「御免よ」


 ぽつりと声が聞こえてきた。鉢屋だった。


「雷蔵、君を泣かせたり、傷つけたりするつもりはなかったんだ。ただ、君の顔をすると、君が突っかかってきてくれるから。……嬉しかったんだ」


 初めて聞く鉢屋の本心だった。当時、既に上級生さえ上回る変装の技術を身に着けていた鉢屋が、僕に本心を明かしてくれたのだ。


 だけど僕は素直に喜べなかった。


 何故かというと、鉢屋がぼろぼろと涙をこぼしていたからだ。変装が破れるのも構わず、ただ僕の叫びと涙にショックを受けたと言うように、自分の変装に命とプライドを懸けていたあの鉢屋が。


 御免よ、と何度も呟いていた。


「御免、御免……雷蔵……でも、でもお願いだから!」


 鉢屋が声を張り上げて叫ぶ。いつも冷静な鉢屋の叫び声に、僕だけでなく他の三人も驚いた。実践授業や忍務でも鉢屋の叫び声を聞いたことなんて一度も無かったから。


「お願いだから、私のこと嫌わないで!!」


 泣きながら放たれたその言葉に、僕は――。















「すっかりほだされたんだよね、これがもう」


「雷蔵、好き好き愛してる」


「僕もだよ三郎。……でも、足りない。もっと示してよ三郎、僕への愛を」


「ん……雷蔵が望むなら」





  




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