自分のやりたい事だけをやって、それなのに、それだけなのに、その魅力で他人を惹きつける人は大半が狡い人だ。


 自分のやりたいようにやっただけで周りにどんどん人が集まっていく。


 人々はその人の、カリスマ、あるいはオーラとも呼べるものに惹かれて集結していく。


 そして褒め称え、崇め、甘やかすのだ。


 だから往々にしてカリスマを持つ者は我儘である。


 我儘だから人を惹きつけ、周囲の人々が叶えるからこそ我儘になっていく。


 なんて悪循環なのだ。


「滝ー! 飯作ってくれ! あと部屋の掃除と洗濯も頼む!」


「自分でやって下さい」


「頼んだぞー!」


「嫌ですってば」


 七松先輩は人の話を聞いてくれない。こちらが嫌と言っても、いいと言うまで話し続ける。


 そして私は、口では嫌がっていても、内心では七松先輩の頼みを肯定し、受け入れてしまっている。


 あの人に好かれたい一心で。


 でも、昔も今も人気のある七松先輩を、家事の支援くらいでとどめ置いておけるわけがない。


「なあなあ滝!」


「何ですか?」


「これ! この映画、二人で観に行こう!」


「……いえ、私はいいです」


「えー? 何でだよ? 滝、こういうの好きじゃん。少女漫画が原作のドロドロねちねちの恋愛系!」


 狡い人だ。


 口ではぶつくさと文句を言いつつも家事を代わりにこなす便利な私を繋ぎ留めておくために――気を惹こうとしているのではない、繋ぎ留めておきたいだけだ――そこだけは頭が良すぎるんじゃないかと思うくらい、私の好みに熟知している。


 それこそ話したことがないことまで色々だ。


 私の部屋に来た時に本棚でも見ていたのだろうか。抜け目のない人だ。


 案外、計算高い人だ。


「……七松先輩」


 ああ、それでも。


 先輩が私のことを知ろうとして下さっているということは、とても嬉しい。


 どうしようもなく。


「ついでだから作ります。シフォンケーキはいかがです?」


「食う食う! 滝の作る物は何でも美味いからな! 楽しみだ!」 ああ。


 酷い人だ。


 狡い人だ。


「なあ、滝」


「? ……何です突然、そんな真剣な顔をして」


「私、滝の料理が一番いい。滝が傍にいてくれるのがいい」


「……先輩にそう言ってもらえると、嬉しいです」


「私は本当のことを言っているんだぞ、滝。だから私の方をちゃんと見ろ。どうしてお前はいつも私の顔を見てくれないんだ」


「見ていますよ? 私は、ちゃんと。先輩のことをね」


 七松先輩。今も昔も大好きな七松先輩。


 私は知っているんですよ。


 貴方に何人もの恋人がいることも、その人達が貴方の気を惹きたい一心で大枚をはたいて買っている貢ぎ物を何の罪悪感も無く受け入れていることも、私の気持ちを知っていることも、都合良く私のこの気持ちを利用して便利屋として扱っていることも、全部。


 貴方は騙せているつもりだろうけれど、私は知っている。


 だから、ねえ、私の気持ちを利用しているんだから、これくらいの復讐は許して下さいね。


「……すみません、今日はもう帰ります」
「……また、来てくれるか?」


 私はただ曖昧に笑った。



















 家には帰らず、電車に乗って、事前に荷物を全て運び置いておいた他県の新居へ赴いた。


 携帯電話も買い換えて、あの人のデータだけは移さず削除した。


 これであの人は、どれくらい寂しがってくれるのだろう。


 あるいは、少しくらいは狂ってくれるのだろうか。


 今も昔もずっと傍にいた私が、けれど何の連絡も寄越さずいきなり姿を消したのだから。




 




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