ムカつく奴。


 いつも明るくて、へらへら笑っていて、一度失敗してもめげずに頑張る。


 お前のそんなところが、羨ましくて、大嫌いだ。


「左吉。どうしたんだ、元気ないな?」


「……別に」


 今日返却されたテストで、僕はクラスで最低点を取った。八十九点。安藤先生の顔はがっかりしていた。


 先生の期待に沿えるように頑張りたいと思う。でもいくら頑張っても、最近思うような点数が出せない。


 そんな自分に苛々した。


「何かあったのか?」


「何でもないって」


 どうしてこいつは放っておいてくれないんだろう。い組のみんななら、そっとしておいてくれるのに。


「なーなー、左吉」


「何だよ」


 あからさまに溜息をつく。


 これでこちらの気分を読んで引っ込んでくれるかと思いきや、やはり相手はあのは組だった。


「実践経験が足りないい組!」


「!」


「教科書ばっかりで実践じゃ弱い! 嫌味ばっかり! 頭でっかち!」


「な……」


「い組のばーか!!」


「は組のお前に言われたくない!!」


 バン! と机を叩いて立ち上がる。湧き上がる衝動のままに団蔵の襟首を掴み上げ、


「は組なんか視力検査の点数のくせに!」


「い組なんて実践じゃ役に立てないくせに!」


「教科書もきちんと読んでいないくせに!」


「そっちこそ実践じゃ全然駄目じゃんか!」


「は組のくせに!」


「い組のくせに!」


 ズン、と心に重りがのしかかった。


 ――い組のくせに。


 百点が取れなかった。


 安藤先生をがっかりさせてしまった。


「い、い組なのに……い組だけど……!」


 心の堤防が壊れる。目頭が熱くなる。息が乱れて、ぽろ、と何かが零れ落ちた。


「い組なのに……!」


 その言葉しか出せない。ぼろぼろ、と熱い何かが流れ落ちる。


 不意にふわりと温かさに抱き締められ、ハッとなった。


「頭でっかちない組」


「ううぅ……」


 生暖かい何かが頬を撫でる。


 みっともなく泣きながら見ると、それは団蔵の舌だった。


「教科書ばっかりのい組」


「……!」


 泣く。


 団蔵は、こいつは馬鹿だけど、時にそこまで考えなくてもいいんじゃないかと思うくらいに頭が回る。


 今だって、こいつは僕が泣いてもいいように、泣く理由を作るために、わざとい組の悪口を言う。


「嫌味ばっかり」


 言いつつ、団蔵は僕の背中を撫でる。子供をあやすように。


 それが何だか甘やかされているようで悔しい。


 けど、こいつは僕を泣かせてくれた。そして、僕が泣いていた理由は敢えて聞いてこない。


 でも僕は言わなきゃいけない。僕のことを泣かせてくれたこいつに。少なくとも、少なからず、心配させたのは事実だから。


「テ、テストで、百点、取れ、っな、くて」


「……うん」


「あ、安藤先生の、期待を、裏切って」


「……うん」


 ポンポンと背中を優しく叩かれる。


「なあ、左吉」


 ぺろりと頬の涙を舐め取られる。だからお前はタラシって言われるんだよ、と、どこか冷静になってきた頭でそう思った。


(最近、団蔵がくノ一の間で人気なんだって)


(あいつ、天然のタラシだもんなあ)


 数日前、廊下では組の三治郎と兵太夫がそんなことを言っていた。


 あの時は「くノ一も見る目が無いな。あいつただの馬鹿なのに」と思っていたけど、今ならわかる。


 優しくて、温かくて。


 こっちの心を癒す素振りを平然とやってのけてしまう。


 こいつにそんな自覚は無いのだろうけど。


「お前さ、スゲェよ。先生を喜ばせたいからって理由で頑張って、できなかったけど、そこで先生を逆恨みしたりせずにちゃんと反省しててさ。……けどあんま自分を責めるなよ? 疲れない程度にな」


 ぺろぺろと無造作に頬を舐めていた舌が唇に触れる。


 唇を重ね合わせるより先に、団蔵は舌で僕の唇を撫で、ほんの少しの隙間をこじ開けて口腔に入り込んだ。舌で舌を絡め取ると、むしゃぶりつくような接吻をしてくる。


「っく……」


 団蔵の舌が口腔で暴れ回る。唾液が溢れてきて息が上手くできない。


 息苦しさに、じわりと涙が浮かんだ。






 









「左吉、泣いて。泣いちまえ。それが俺の前だけだったら、俺は何度でもお前を泣かせてやるし、何度だって慰めてやるから」




 




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