いつも通りの夜。
いつも通りに夕食を摂りに雷蔵が食堂に行くと、既に奥の席に兵助と竹谷がいた。二人の前には小鉢や椀を載せたお盆があり、それらを箸でつつきながら何やら楽しげに話をしている。
僕も取りに行こう、と雷蔵は食堂のカウンターに並んだ。
いつも通りどの定食にしようか迷う。と、近いとは言えないが、それほど遠くも無い位置にいる二人の声が聞こえてきた。時間帯が夕食には少し早いので人が少ない。友人二人の声は静かに小さく響いてきた。
「――それでさ、今日、市に行ったら豆腐屋さんに新作豆腐の味見を頼まれたんだ。一緒に行こう、八」
「おお。行こう行こう」
竹谷がニパッと笑った、ような気がする。見えたわけではないが、あながち間違っていないだろうと思う。竹谷はよく笑う奴だからだ。兵助が相手だと特に。
「そういえば、先週に行った隣町の豆腐屋さんのことなんだけどさ。あそこの豆腐もおいしかったよな」
「ああ、親戚の工房が醤油を作っていて、それとセットで販売していて大儲けしてるって鼻高々にしていたあそこか。あそこのは確かに美味かったよな」
「あの旨味は大豆本来の味に、にがりのほのかに主張する味わいが絶妙にマッチした至高の一品だったと思う」
「そうだな。にがりが嫌味なく、かつしっかりと味が出ていたな。熟練の技っつーか、何ていうか」
ん? と雷蔵は思った。カウンターにおばちゃんが出てきたので慌てて魚定食を注文する。
二人に気づかれないよう、ゆっくりと振り向いた。
「八もそう思ってくれていたか。実はさ、八、何と来週にあそこの豆腐屋さんが工房の一部を貸してくれるんだって」
「へえ、良かったな。……ん? 貸してくれるっつーか、それって『バイトとして雇ってやるから来い』って意味か?」
「え? 今ので伝わらなかったか?」
「いや、今のは確認しただけだ」
「そっか。じゃ、一緒に作りに行こう?」
兵助が微笑む。元の顔の綺麗さも相俟って、一部の相手にしか向けない無防備な笑顔はこの上なく綺麗に見えた。
窓から差し込む月の光を受けて、彼の黒髪が淡く輝く。いっそのこと神々しいくらいの光景である。くのたまがいたら溜息をつきそうだ。
慣れている雷蔵は溜息一つで受け流す。感嘆の吐息ではなく、呆れと諦観の溜息であった。
「よっしゃ。行くぞ」
「うん」
兵助が嬉しそうに微笑む。
本当に嬉しいのだろう、普段からそれほど愛想が良い方ではない彼がにこにこしながら夕飯の小鉢の中身を頬張っている。
しかしよくよく見れば彼が食べているのは冷奴であった。つまり豆腐であった。
そりゃ笑顔になるはずだよ、と兵助の豆腐への愛を知る雷蔵は思う。
視線の先、パクリと冷奴を頬張った竹谷がふと首を傾げた。
「ん。今日の定食の豆腐、何か違うな」
「八も気づいたか。だよな。何だろう、この粗っぽい味わいだけど素朴でおいしい新たなる豆腐……」
と、カウンターからひょっこりと食堂のおばちゃんが顔を出した。おばちゃんは雷蔵にお盆を差し出しながら、
「その豆腐、おばちゃんが午前中に作ってみたのよ。今日は午前中、みんな校外実習だの何だのでいなかったからね。味はどう?」
「滅茶苦茶おいしいです!」
「出来立て豆腐がこんなに美味かったなんて……」
くっ、と涙しつつ丁寧に大切に食べる竹谷。
雷蔵は呟いた。
「……八……兵助に仕込まれたんだね」
染める
「八、だんだん豆腐トークについてこれるようになったな」
「本当か? じゃあ俺、もっと頑張るわ。俺、兵助のためなら何だってできるからさ」
「八っ……!」
「だからさ、その、ご……御褒美もくれよな……?」
「勿論だよ八。春休みには豆腐巡り旅行に行こう……!」
「兵助……!」
「……八、お前……」
「言っちゃ駄目だよ三郎。哀れだなんて言っちゃ駄目」
「言っちゃってるじゃないか雷蔵!」
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