「今日の授業は作文だ!」


「はい先生。単刀直入にお伺いしますが、何故にテキストを使っての授業ではなく敢えて作文なのですか?」


「いい質問だ庄左エ門。実は今回のこの作文は学園長先生が思いついたことなんだが――みんなやる前から萎むな、元気を出せ! 実は先生も最初はがっくりしていたんだが、今回のこれは面白いと思うぞ!」


 面白いの一言に、は組の良い子達がピクリとそれぞれの反応を示す。


「テーマ及びタイトルは『相手のいいところと悪いところ』! 相手は自分以外の誰でも良し! 日頃は見えない自分の長所と短所を他人から指摘してもらう、これは自己鍛錬や自己分析には大変参考になるぞ。制限時間は一時間。原稿用紙が欲しい者は前へ取りに来ること。――みんな鉛筆及びシャープペンシルは持ったな? ――では始め!」


 それぞれの思いを胸に、全員が言葉を書き連ね始めた。





      *





 は組の中では作文が得意な方で、順調な滑り出しを見せる隣席の庄左エ門とは逆に、二郭伊助の手は止まっていた。


 彼女は作文が苦手な方ではない。庄左エ門の影響もあり、今の世では読書を嗜んでいる。それなりの冊数を読んできたから語彙もそれなりにある。だから文章を書くのは苦手ではない。


 そう。


 そう自負したためにノリにノって書き始め、途中で手を止めて一度読み通そうと文章に目を通した途端、伊助は浅く息を飲んだ。


 タイトル、相手のいいところと悪いところ。


 これはいい。文字もそれなりに整っている。


 相手に選んだのは虎若だ。これも構わない。仮に担任教師の土井から発表しろと言われても、顔から火を噴く羽目になりつつも読破できる自信がある。


 問題は内容であった。


【虎若のいいところ。虎若は努力家で常に筋トレを怠りません。屈託が無くて、笑う時は思いっきり笑っています。また、は組のお父さんって呼ばれるくらいの包容力があります。たまに下級生から相談を受けた時、アドバイスを貰った下級生はいつも嬉しそうに虎若にお礼を言っています。


 虎若の悪いところ。虎若は本当に良く無茶をします。睡眠時間を削って鍛錬に勤しんだり、きちんと防具を付けずに組み手をしたり。強くなりたい気持ちは分かりますが、身体は大切にして欲しいものです。あと虎若は洗濯物を溜め込みすぎです。溜まる前にちゃんと洗って干して下さい。頼んでくれれば私も手伝いますから】


 ここまではいい。


 しかし、段落を変えてからの文章がまずかった。


【虎若の好きなところ。お日様みたいにあったかいところ。私が抱き着いてきたらよろけもせずに抱き留めてくれるところ。洗濯物を溜め込んでガミガミ怒鳴っても私のことを嫌わずにきちんと反省して洗濯してくれるところ。好きって言うと俺もって微笑んでくれるところ。

 虎若の嫌いなところ。布団の上だとすごく意地悪。もういいって言っても前戯を長く続けようとする。特に胸への愛撫がしつこい。最近それのせいで何だか胸が成長してしまったような気がする。休みの日に新しいサイズのブラを買いに行かないと。さりげなく虎若の好きな色とか聞いておこうかな――】


 何だこれは。


 何だこれは!


 前半はいいが後半は駄目だ。というか何故に後半を書いてしまった自分!


 ――まずい、早く書き直さないと!


 もう既に二十分が経過してしまっている。あと四十分で、せめて発表できる程度のレベルは持った文章を書き上げなければならない。


 伊助は音を立てないよう椅子を引いて立ち上がり、原稿用紙を受け取りに教卓の方へ向かった。





      *





 自分でも認めるが、佐武虎若はそれほど頭が良い方ではない。


 今まで赤点をぎりぎり上回る点数を取ってこられたのはほぼ伊助のおかげだ。


 勉強は元々あまり好きではない。が、テスト前の一夜漬けでは意味が無いと、日頃から定期的に伊助と勉強をしている。テストの結果が芳しいのはそのおかげだ。


 だから伊助との勉強会で勉強していない分野をやるのは苦手だ。頭が悪いと自覚していると、思考回路も錆びついたように動かなくなってしまう。


 連なる文章は書けそうにない。そこで虎若はまず原稿用紙の余白に箇条書きに相手の長所と短所を書いて、それをズラズラと書き連ねることにした。


【伊助のいいところ。優しいところ。は組のお母さんって呼ばれるくらい母性と包容力があるところ。仲間思いなところ。本当に優しいところ。洗濯物を溜めたらきちんと叱ってくれるところ。料理が上手いところ。裁縫が上手いところ。編物もこなせるところ。機械にもそこそこ強いところ。


 伊助の悪いところ。長屋から集めてきた一人じゃ処理しきれない洗濯物を一人で何とかしてしまおうとするところ。他人からの頼まれ事を断りきれないところ】


 シャープペンシルを握る手が止まる。伊助の悪いところが思いつかない。


 ――まあ伊助だしなあ。


 何せ俺の彼女だ。好ましいところばかりが浮かび上がってきてどうしようもない。しかし洗濯物を集めるだけ集めて自分一人で何とかしようとするのは本当に悪いところだ。頼んでくれれば手伝うのに。


 ――二人で洗濯とか……新婚プレイ!? いいなあ結婚フラグ!


 思考が軌道に乗る。ガリガリと書き始めた。


【伊助のいいところ。クラスメートが風邪を引いたら看病するところ。お粥を作るのが上手いところ。たまにおいしいお菓子を作ってきてくれるところ。


 伊助の悪いところ。とにかく何でもかんでも一人で背負い込もうとするところ。自分が風邪を引いても知らせてくれないところ。誰にも看病を頼まずに自分一人で何とかしようとするところ】


 将来、結婚する相手なら色々なことを把握しておかなければ。いいところも悪いところも。


 だから記憶を掘り返して、どんどん思いついたことを書いていく。


 しかしこうやって考えると、


 ――伊助って、本当に無茶してばっかりだなあ。


 俺が気づいて止めてあげねえと、と思う。








      *








 でも、と、伊助は新しい原稿用紙に文章を綴りながら、前の原稿用紙に書いた内容を思い出す。


 ――無茶をするってことの裏返しは努力家ってことだし。洗濯物を溜め込むってことは、やっぱりあれかな、私と一緒に洗濯しようって暗に言ってるのかな。この前も手伝ってくれたし。


 それに、と思う。


 ――夜は確かに意地悪だけど、あ、あの時の虎もやっぱり好きだし……。
















 虎若は浅く溜息をついた。


 ――短所も愛しいって思うなんて、こんだけ好きなんだよなあ。俺。伊助のこと……。





 





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