俺には大切な人がいる。
大切な女の子がいる。
その子は俺には勿体ないくらい気立てが良くて、可愛くて、料理も掃除も裁縫も洗濯も編物も、家事関連のことなら何でもこなせてしまう。
つまり彼女や奥さんにするなら最適かつ最高の女の子ってことだ。
俺はその女の子を独占している。
この子は俺の大切な人だ、と。だから誰にもやらない、と。
世界中に叫ぶことができる権利を持っている。
「……ならさ、虎若、私にも頂戴」
「何を……?」
左の方で伊助に腕枕をしつつ、右腕で伊助の髪を撫でる。伊助は髪を撫でられるのが好きだ。今も素直に嬉しそうに目を細めている。
「許可。私もさ、世界中に叫んでいい? 虎若は私のものだって。だから誰も手を出すなって。よこしまな気持ちで近づいたら許さないよって、言ってもいい?」
掠れた伊助の声が妙にエロい。でも言ったら顔を真っ赤にして頭を叩かれそうなのでやめておく。流石に俺でもこれくらいのことを考えられるまでには成長した。
まあ斯く言う俺の声も掠れているんだが。
――あとで冷蔵庫のミネラルウォーターを持ってこよう。
会話の途中で行ったりはしない。そういうことをすると、案外、伊助は拗ねるのだ。だから今は静かにピロートークってやつを楽しむ。
「勿論。……俺は伊助のもので、伊助は俺のものだから。俺達がそう誓い合う限り、永遠にそうだから。俺達はお互いを独占し合っていていいんだ。俺達がそう望んでいるんだから」
「ん……そうだね」
伊助が俺を抱き締めてくれる。伊助の長い髪からふわりとシャンプーの匂いが漂った。
忍者として、匂いが残っていることは良くない。でも、これは忍術学園特性の匂いがすぐに無くなるシャンプーだ。
だから、その匂いは爽やかでも甘くもなくて、鼻孔に届く前に散ってしまう。
けれど俺は好きだと思った。伊助の髪から、身体から感じる、俺にしか感じ取れない甘い匂いを。
「お願い、虎若。私は虎若を嫌いになることなんて絶対に無いから、だから嫌いにならないで」
「なるわけがないだろ。それより俺もいつも思うんだ、伊助に捨てられるんじゃないかって」
「どうして……?」
「伊助は魅力的な女の子だ。だから、伊助の魅力に気づいた、俺よりもっといい男が伊助に言い寄ったりしたら……」
自信を無くしてしまう、と言いかけて、飲み込んだ。
違う。そんな緩くて生温い感情じゃない。
「……殺してしまうかもしれない。そいつを。俺より伊助に相応しい存在なんて、そんなの絶対に許せないから」
「大丈夫だよ。私が選ぶのは虎若だから。どんな人が現れたって、私が選ぶのは虎若だよ」
「本当に?」
「本当だよ」
「……そっか。良かった」
伊助の肩に顔を埋める。そのまま身体を下にズラすと、伊助は一度腕を解いてくれた。胸に顔を埋めた俺の肩に両腕を回して、ポンポンと背中を優しく叩いてくれる。
「好きだよ、虎若」
「俺は愛している」
「私もだよ、虎若。愛している」
「ん……」
伊助の背中に腕を回す。潰さないように力を加減して抱き締めると、伊助は俺の背中を撫でた。
――そのまんま爪痕でも付けてくれたらいいのに。
と思って、自分のその思考に苦笑した。
大切な人
もう、君がいなきゃ生きていけない。
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