今日は男女別の大規模な合同演習が行われた。


 男子のみ、女子のみでどれだけの成果が出るのかを試すための男女別という条件であったのだが、結果はどちらとも半々という感じだった。


 男女別に区切られたからというよりは、単純に人数と能力が半分に分けられたからと言ってもいい。


 実際に個々人は良く頑張ったのだが、普段からの連携も半分崩されたせいで、普段より後味の悪い演習になった。


「上手くできなかったな……」


 ぼそりと呟くと、傷だらけの顔で庄左ヱ門が浅く頷いた。いつものように反省点を述べない辺りを見ると、それをできないくらいに余裕が無いのかもしれない。


 ――俺も、今日はもう余裕が無いな。


 一息ついてみると、全身の筋肉が一気に弛緩して痛みや疲労を訴えてきた。今は癖のように肩に担いでいるライフル銃でさえも重く感じてしまう。腰に吊っている軽量の拳銃でさえも、だ。


「あー……」


 喉に渇きを覚える。水分は先程に摂った。だからこれは別の渇きだ。


 身体ではない。心の渇きだ。


 ――伊助……。


 欲しいのは水分ではない。彼女だ。


 転生してここの学園で再会して、恋愛関係になってずっと、彼女と愛を深め合ってきた。


 生半可な想いじゃなと自覚している。が、まさかここまで重症だとは思っていなかった。


 ――早く伊助に会いたい。


 血と火薬の匂いが満ちる中、ふらりと歩き出した。


 伊助に会う、と決めはしたものの、肝心の伊助が今どこにいるかはわからない。忍者の卵なので気配を辿る程度のことはできるが、今はまだそうする気になれなかった。


 まず歩いて落ち着いて、いつもの自分に戻って。それから会おうと、考えながら歩いていく。


 足を動かして歩を進めると、全身に漂う負傷や高揚の熱が腫れぼったく感じる。そのうち頭の中までもがぼうっとしてきた。


 ――熱い。


 熱を吐き出そうと息を吐く。


 吐いて、吸うと、蒸れるような血の臭いが鼻孔に飛び込んできた。


 ――誰か怪我したのか?


 否。それにしては周りの動きが浅く小さい。誰かが慌てているような気配も無いし、保健委員は既に負傷者の手当てをしに保健室へ引っ込んでいる。


 なら、


 ――返り血か。


 あるいは、演習予定であったはずのこの模擬戦闘で本当の盗賊が乱入し、本当の戦闘、血の祭りになったために血の臭いが立ち込めているのか。


 どちらとも、と、そう言えるだろう。空気にも地面にも血の臭いが染みついている。


「あー……」


 くんかくんかと鼻を動かすと、自分自身からも相当にきつい臭いがする。試しに手の甲で頬を拭ってみると、べったりとした感触がついてきた。


 まだ生温かい温度と真っ赤な色と鉄錆の匂い。それらを直面しても特に何とも思わなかった。


 ――前の世の方がもっと凄かったし。


 だから、今の世では、これしきのことでくじけていられない。


 血なんてどうってことないのだから。


「――虎?」


 ふと、耳に心地良い声が流れた。


 反射的に心臓が跳ね上がり、無意識のうちに顔に笑みが浮かぶ。手の甲を見て俯きがちだった顔を上げ、


「伊助、怪我とかは、な――」


 そこに、制服のほとんどの箇所が血でまみれ汚れた伊助がいた。


 虎若の顔が血の気を失って真っ青になり、目からも光が消え失せる。


 手を伸ばし、力加減なんて考える余裕も無く伊助の肩を掴んだ。


「んッ……痛いよ、虎」


「お前っ……その怪我、誰にやられた!? あの盗賊か? 仲間の流れ弾か!?」


 学園内で比べても相当な腕力を持つ虎若の手に握られ、伊助の肩から骨が軋むような音が響く。


 それでも伊助は笑みを崩さない。


「違うよ。これは、返り血」


 だから安心して、と、伊助はポンと虎若の肩に手を置いた。


「……返り血?」


 虎若が鸚鵡返しのように尋ねる。


 そ、と伊助は頷いた。


「これ、全部、返り血。私、今回もいつも通り、後方支援に回ってたんだけどね。そこに盗賊が突っ込んできたんだ。だから」


 これで、と、ベルトに取り付けているポーチを叩く。そこには苦無と手裏剣が入っている。


「怪我は無いよ。大丈夫。ただちょっとパニックになっちゃって、効率とか急所とか考えずにズコバコやってて気が付いたら返り血まみれになっちゃって」


「……そうか」


 虎若は安堵の溜息をついた。伊助の肩に置いている手を背中へと滑らせ、自分から伊助に近づいて彼女の身を抱き締める。


「良かった。伊助が無事で」


「私も虎が無事で良かった。……まあ虎は私より強いけどさ」


「けど心配されていたのは嬉しいよ。実力を疑われているからじゃなく、純粋に離れていても想い合っているってことなんだからさ」


 ――その点じゃ、きっと信頼も心配も同じなんだろうね。


 と思って、伊助は内心で苦笑した。


「……今日やっと、虎に会えた」


「そうだな。俺もやっと伊助に会えた。――あ、さっきまでの戦闘ではちゃんと集中していたぞ?」


 わかってるよ、と伊助は言った。


 虎若の顔が近づいて――ふ、と、何だか物凄く久し振りのような気がする温かな感触がした。



















 君がいない状態が寂しい=B


 君がいるのが当たり前=B



 
 





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