虎若は私の髪に触れるのが好きらしい。


 目が合った時、たまに手を伸ばして私の髪に触れてくることがある。


 以前に本人に「どうして髪に触るの?」と訊いたら、


「伊助の髪が好きだから。俺のとは違って柔らかいし、細いし、色も明るいし。それに何だか、伊助を見るとどこかしら触りたいって気持ちがムラッと」


「うん、後半部分が無ければ嬉しかったかな。……うん」


 何で余計なこと言っちゃうかなこいつは、と呆れた覚えがある。


 ――まあ、虎若が触れてきてくれるのは嬉しいんだけど。


 今も、虎若は私の髪に触れている。


 まず指先で毛先を軽く摘まんで。次に指全体を髪に絡ませて、梳くように頭を撫でてくれる。


 ――手、大きいな。


 後頭部と首の辺りに感じる虎若の手の熱は、温かくて大きい。人より若干体温が高い気もする。


 耳の辺りの髪を指先で弄んでいる虎若の手をじっと見る。


 筋肉の付いた強張った手。肌は日に焼けていて、日々の筋トレと銃の訓練に耐えている手には全体的にタコがいっぱいある。皮膚は分厚そうで、血管は長くて太くて――。


「伊助」


 虎若の声が聞こえてきた。自然と、まるでそうするように命じられたように顔を上げる。


 間近に虎若の顔があった。


「俺の手を見てくれるのは嬉しいけど。どうせなら」


 髪に触れていなかった方の手が私の手を取る。


 虎若がじっと私を見つめた。


 ――あ……。


 胸の奥がきゅんとする。まっすぐに目を見つめられて身動きが取れない。


 周りで団蔵が「教室でイチャつくなー!」とか金吾が「はははは破廉恥な!」とか騒いでいるけど全然気にならない。耳には入っているんだけど。というか金吾、別に破廉恥なことをしているわけじゃないよ。見つめ合っているだけだよ。


「――どうせなら、こうやって……互いに見つめ合う方が俺はいい」


「虎……」


 少し細い目。太い眉。いつも委員会や訓練で汗を流している肌と顔は今は少し赤くなっていて、でもまっすぐに私を見つめてくれていて。


 きゅっと握り締められた手はほのかに熱い。


 ――虎若の、体温……。


 熱いというより甘いと感じる。


 ――もう駄目。


 心臓がトクトクを通り越してバクバクと鳴っている。もう駄目。


 ――虎若が格好良すぎて、このまま直視すると冗談抜きに気絶するかも……!


 いや、気絶してはならない。むしろ焼きつけるのだ。今この瞬間、この時間でしか見られない虎若をじっくりと!


 と、心の中で宣言した瞬間だった。


「お二人さん、イチャつくなら寮か別の空き教室に行ってくれない?」


 適度に冷めているその声が私の意識を覚ました。


 虎若の甘さで集中していた意識がふっと醒めて、頭の中に理性が戻り、虎若しか目に入らなくなっていた視界が広がり教室が見えて、


「――わ!? ど、どうしたのみんな!?」


 何故か砂を吐くような体勢をしていたり机に突っ伏していたり襟首を広げて涼を取ろうとしているクラスメート達の姿が視界に入った。


「今日は十二月で寒いのに……どうしてそんな熱そうにしてるの?」


「「お前ら二人のイチャつきが暑苦しいからだよっ!!」」


 襟首を広げていた団蔵ときり丸が叫ぶ。


 きり丸の隣で机に顔を突っ伏していた乱太郎がゆっくりと頭を持ち上げて、


「うん……ほんと、伊助が絡むと虎若は凄いなあ」


「僕もそう思う。何だか恋愛ドラマを見ているみたいだったよ、虎若!」


 顔を真っ赤にしながらも直視していたしんべヱが叫ぶ。


 虎若は照れたように眉尻を下げた。でも、私の手は離さない。


 髪に触れている方の手がゆっくりと私の顎に添えられ、


「ヤバいな。俺、伊助の髪に触れているだけで、もっと触れたいとか、もっと見つめ合いたいとか、そんな気持ちにさせられちまう」


「ん……私も」


 どうしてだろう。視界の隅で蹲る金吾や、その金吾に慌てて駆け寄る喜三太の姿とかが見えなくなっていく。


 末期なのかな、私。


 虎若に髪を触れられるだけで、もうこんなにドキドキするなんて。














「伊助は狡いな。俺なんかお前の髪に触れるだけで、もうこんなに心臓が痛い」


「虎若……」


「だぁから場所を変えろってお前らあああああっ!」


「――ん? あ、いたのか団蔵。それに兵太夫も」


「ウゼェェェエエエエ!」








 





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