人は時に大切なものを忘れる。


 人は時に大切なことを忘れる。


「――あ」


 それは人の摂理とも言えるが、ぶっちゃけ今回ばかりは「何で忘れた俺の脳!?」と泣きながら壁に頭突きをしたくなった。いやあのギンギン委員長の真似じゃないけど。


 まあとにかくヤバい。


 ヤベェ。


 ――伊助の誕生日を忘れてた……!


 つい昨日だった。さっきカレンダーを見て思い出した。


 そういや昨日、伊助がちらちらこっちを見てきたり不意に抱き着いてきたりキスをねだってきたりしたけど、あれ誕生日だって遠回しに催促してきてたのか!!


 ヤバい。マジヤバい。


 とにかく今すぐ謝って、あとプレゼントも渡して――。


 ――プレゼントちゃんと用意しておいたのに、何で忘れたんだろう……。


 溜息をつく。と、後ろからトンと何かが軽くぶつかってきた。


 男子寮の中庭の縁側で佇む虎若の背に、少しずつ荷重がかかっていく。だんだん重くなるように身体を傾けているらしい。


「昨日さ」


「うん」


「別に催促したわけじゃないんだよ。ただ一言だけ言って欲しくてさ」


「うん」


「別に遅刻でもいいんだよ。虎に言ってもらうこと自体に意味があるんだから」


「……ん」


 背中に完全にかかってきた――預けられた体重と背中と温もりに、自然と口元が緩む。


「――誕生日おめでとう」


「ん」


「あと、忘れて御免な。昨日」


「いいよ。……みんなも同じだもの。室町時代の暦と今のカレンダーが違いすぎていて、頭の中がごっちゃになって正確な日付がわからなくなるの」


 いや、本当はマジボケで忘れていたんだ――なんて言えるわけもなく。いつぞやに庄左ヱ門が言っていた「嘘も方便だよ」に従って、黙っておく。


「あ。――そうだ、これプレゼント。ありきたりで申し訳ねえけど」


「……ハートのネックレス? 二つに分かれるなんてありきたりだね」


「だろ」


 くく、と、さえずるように笑みがこぼれる。


 後ろにいた誰かの顎が肩に乗った。顔を横に向けると、閉じた目と唇がすぐそこにあった。



















「でも本当に御免な」


「いいのいいの」


 祝福の言葉とキスは、もう貰えたから。

 

 
 





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