伊助は小柄だ。転生前の忍たまの時もそうだったが、転生した今の身体は更に小さく細く華奢に見える。
彼女の母性や果てしない優しさを知る虎若は時たま、こんな華奢な身体のどこにこんな一杯の慈しみが入るんだろうと考える時がある。
泣きつく自分を抱き締めてくれる時も。
元気になって抱き締めてきた自分を抱き留めてくれる時も。
いつも悲しみを和らげ、嬉しさを増やしてくれる不思議な力がある。
このことをクラスメートに話したら、三次郎は、
「僕も! 僕もそう思う!」
と、ぴょんぴょん跳ね回り、庄左ヱ門は、
「そうだね。夜更かしを叱ってくれた時とか特に」
と言い、団蔵は、
「えっ、そう? あんまそういうのよくわかんね……」
と言ったので頭をはたいた。ちなみに三治郎が団蔵の背中をつねっていた。
そのあとにたまたま団蔵は兵太夫のからくりに引っかかり、痛みと驚きで思わず泣き出した。室町時代より身体能力が落ちているため、勘で察することも避けることも、廊下の床に放り出された際に咄嗟に受身を取ることもできなかったのだ。
それに憤り嘆き泣き、慌ててやってきた兵太夫がもらい泣きして更に騒ぎが大きくなってしまったが、それを宥めたのも伊助だった。
あの時の横顔にも、慈しみが満ち溢れていたように思う。
*
「なあ、伊助」
「何?」
放課後の教室で本を読む伊助に後ろから抱き着くと、伊助は小さく笑って虎若の温もりを受け止めた。
伊助は優しい。だから今も、栞を挟んで本を閉じる。
「伊助はいつも優しいよな」
「そんなことないよ」
伊助はいつもこう言う。謙遜しているのではない。本当にそう思っているのだ。
「俺もみんなも、伊助の優しさに何度も救われてきた。昔も、今も」
「私だって、みんなに何度も助けられたよ。だからおあいこで……」
「違う」
そうじゃない。
「俺、昔からずっと考えてきた。今はなるべくそうやって実行しているつもりだけど、未だに自信が無くてさ」
「? 何のこと?」
「伊助はみんなに優しさと慈しみをくれるから、俺は伊助だけに優しくして慈しもうって」
けれど、
「けれど難しいな。優しくしようって決めたのに、次の日には昔の夢で飛び起きて泣いてお前に縋って宥められてさ」
この辺り、実は他のは組のメンバーも似たようなことを考えている。
だが、未だにみんな、時たま見る過去の夢に精神を削らされ、そこまでの余裕が無いのが現状だ。
対して伊助は前世のほぼ全ての記憶を持っているため、唐突に過去の夢を見ても動じない。
だから伊助はみんなを泣かせ、泣きやませて宥める。
「俺、お前に何にも返せていない」
吐露した後でハッとなった。
――結局これ愚痴じゃんか!!
こんなのを伊助に聞かせたら、伊助は宥めるか聞いてくれるかのどちらかだ。つまりはまた伊助の負担が増えてしまう。
慌てて別の言葉を言おうとすると、虎若に抱き締められたままの体勢で伊助が首だけを半分振り向かせた。きょろりと大きな目が虎若を見据える。
「虎は、私に与えてくれているよ、一杯。……虎が私だけに与えてくれる愛情。好きって言葉。あと、ハグもね」
自分の胸の前に回っている虎若の腕をポンと叩く。
「それにね、確かに泣くみんなを抱き締めたり宥めたりはしているけれど、私が自主的にやっていることだから、負担になんて全く感じていないんだ。本当だよ」
「お前は慈愛の塊みたいな奴だからなあ」
いつか庄左ヱ門が言っていた。
しかし伊助は首を緩く横に振り、
「……何だかみんな、私がみんなのせいで疲れているように思っているみたいだけど、そんなことはないんだよ。本当に、全く。だって私はみんなを慰めることしかできないけど、私はたった一人の人から、私だけの愛情と慈しみを受けているから」
たった一人、他でもない欲しいと思っているその人から得られているから、だから凄く満ち足りているんだよ?
「……それって……誰って、訊かないから……自惚れていい?」
一気に嬉しくなる。
抱き締める力を強めると、伊助がふと思いついたと言うように口を開いた。
「……接吻、欲しいな。……何だかして欲しくなった」
「未だにキスって言えないの?」
「言えるわけないじゃん!!」
「接吻は言えてるのに」
笑いながら頬にそっとキスをすると、伊助はくすぐったそうに笑った。
大事に、慈しむように
君に慈しみをもらえるだけで、私の心は温かくなる。
[前] | [次]
戻る