その空間は奇妙な静寂で満ちていた。
教室の床に尻餅をついた状態で座り込み、呆然としている伊助。
彼女から二歩ほど距離を置いた位置で、何とも言い難い表情で口をパクパクしている団蔵。
教室の隅で頭を抱えている庄左ヱ門。
鞄の中をごそごそと漁ってティッシュを探している乱太郎。
しん、と静まり返ったその教室には、外の廊下や他の教室からの声や物音がうるさいくらいに響いていた。グラウンドに行こうと呼びかける声や、グループを作ろうと机をガタガタと動かす音が聞こえてくる。
何か言おうとして口を開くものの、何も言えずに口を噤む団蔵。
瞬きも忘れて呆然とする伊助。
まだティッシュを探している乱太郎。
時間は流れに流れるが、その場にいる他のは組のメンバーは重苦しい沈黙のせいで誰も口を開くことができず――やがてそれから五分か十分か、あるいは三十分が経った頃、静寂とは場違いなくらいに平和的なガラリと教室の戸を開ける音が響いた。
「購買で煎餅買ってきたぞー。みんなで食う……、伊助?」
煎餅の袋をいくつも抱えて現れたのは虎若だった。学校中の公認である伊助の恋人の彼は、何やら静まり返っている教室と、その中で床の上に直接座り込んでいる伊助に小首を傾げる。
「どうした、伊助?」
ええと、と言葉を選びつつ、
「何か牛乳臭いし白い液体で服とかびしょびしょなんだけど、もしかして団蔵辺りにぶっかけられた?」
実に爽やかな笑顔で言った。
「何かあれみたいだな。あれ、がん――」
「虎がそれ言わないで――!」
伊助がバネ仕掛けの人形のように勢い良く立ち上がった。半ば押し倒す勢いで抱き着き、自分の唇で虎若の唇を塞ぐ。
ちゅ、と一度だけ吸い付いてから離れ、
「――あのアホ団蔵と同じこと言っちゃ駄目――!」
「誰がアホだよ誰が! いや認めてもいいけど虎若だって同レベルだろ! だってさっきどう考えても言おうとしたじゃねえか、がん――」
「団蔵は下品でもいいけど虎は下品なの駄目――!」
「取り敢えず落ち着け二人とも」
それ以上は言わせない
「500mlの牛乳パックを飲もうとした団蔵が誤って力を入れすぎてパックの中の牛乳が噴射して」
「それがたまたま近くにいた伊助にかかって」
「空気が読めない団蔵が謝る前に例の単語を言っちゃって」
「伊助が怒って怒鳴りつけようとしたら自分が牛乳臭いって気づいて呆然として」
「団蔵も謝ればいいのに伊助の剣幕に驚いて泣く直前みたいな状態になって」
「君が帰ってきたというわけだ、虎若」
「あー、成程なぁ……」
「で、何で伊助は虎若のこと、例の単語なんて連発しない下品じゃない奴だよって思い込んでんの?」
「だって虎は団蔵とは違ってエロ本も読まないしグラビア雑誌も見ないし」
「男だったらいいじゃねえか読んでいたって! つか虎若は伊助がいるから読まないに決まってるだろ! いや隠れて見ているに決まってる!」
「でも女の子がいる教室で堂々とエロ雑誌を開いて吟味している団蔵は下品野郎に決定じゃない!?」
「ああ、それは団蔵が悪いね。みんなの意見は?」
「異議なし」
「右に同じ」
「そりゃ駄目だって、団蔵」
「伊助、何か潔癖になったな……前は見かけてもスルーしてくれてたじゃねえか」
「だって前に虎の部屋を漁っても何も出てこなかったから、虎はそういうの読まないんだって気づいて、読んでる団蔵が何だか汚らわしく思えて」
「虎若ぁ! お前、前まで読んでいたじゃねえか! 上手く隠しやがって」
「ああ、あれ実は中身はエロ本じゃねえんだ。表紙をエロ本のカバーで偽造していただけ」
「は? じゃあ中身って何だよ」
「色々な場面の伊助の写真集。寝巻とか制服とか体操着とかその他諸々」
「伊助ー! お前の恋人、暴露したぞ! 暴露したぞ隠し撮りしている変態だって!」
「私もパスケースに虎の写真入れてる……」
「今度は二人一緒に写った写真を入れような。ついでにお揃いのパスケースとか買うか」
「うん……」
「あああああもう駄目だこのバカップル!」
「団蔵、結構僕より律儀に突っ込んでるね」
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