今日の夕飯のメニューは炊き込み御飯にほうれん草のお浸しにサラダに肉のタレ炒めだ。
シンプルなメニューだが細部にはかなりこだわっている。炊き込み御飯に注ぐ醤油の量は長年かけて決めた至高の調味料だし、サラダにかけるドレッシングは手作りだ。ここまで来ればタレも当然、手作りである。
優しくてもあまり要領が良い方ではない彼はそれらのことを述べても一辺倒の返事ばかりだし、言わなければそもそも気づきもしない。
でもいいのだ。毎日食べてくれれば、それだけで。
それに彼は出された料理に対して絶対に文句を言わない。実家とは味付けもマナーも違うだろうに、絶対に何も言わない。
この辺、彼の優しさが嬉しくなる。
「伊助ー」
さて盛り付けをしようとしたところで、開け放しになっているリビングのドアから虎若が入ってきた。夏で室内なので服装は洒落っ気の無いシャツにズボンである。
ちなみに伊助は柄物Tシャツにフレアスカートにエプロンを身に着けている。エプロンは去年の誕生日に虎若がくれた物だ。学校の機械を一台借りてきて縫ったらしく、半年前に用事があって学校に行った際、事務員の小松田から聞かされてちょっとほろりときた。そういうことは言わないのだ、虎若は。
「なーにー? あ、ちょうどよかった、御飯できたよー」
「おっ、おいしそー」
「で、何かあった?」
「ああ、さっき団蔵からメールが来てな。今度、は組のみんなで飲みに行こうって。土井先生も誘って」
「わー、楽しそう」
思うだけでわくわくする。が、虎若の顔に浮かんでいる、にこにこにやにやとした笑みにハタと思う。
「……ひょっとして、先生を酔い潰すつもり?」
虎若はは組随一の酒豪である。きり丸や庄左ヱ門、三治郎も強いが、以前に飲み比べをしたら虎若の圧勝だったらしい。
肝臓の強さがそもそも違いすぎる、とは庄左ヱ門の推測である。ちなみにその推測は当たっているらしく、翌日、二日酔いに悩まされる三人をよそに虎若は平然とした調子で一日を過ごした。
今も、あの三人を飲み比べに誘った時と同じ笑みを浮かべつつ、
「いや、そんなつもりはねえよ? ただ土井先生ってどれくらい強いのかなーって」
たンのしみー、と言う虎若。端から見れば、明らかに酒に強い方ではない土井を酔わせる魂胆の笑みに見えるだろう。
しかし付き合いの長い伊助には微妙な表情の違いがわかる。
――飲み比べじゃなくて、単に土井先生やみんなと飲めるのが嬉しいんだよね。
酒を飲める大人同士だから、卒業前とはまた違った立場での対面や談笑である。
「ふふっ……」
何だか微笑ましい。そして、愛おしい。
――二十歳を過ぎても、まだまだ子供みたい。
いや、二十歳を過ぎて変わらないのだから、これが彼の性根なのだろう。
いつも温かくて、楽しい時は本当に楽しそうに振る舞い、嬉しい時は心から嬉しいと伝える。まるで子供だ。感情に素直すぎる。
だけど。
「虎のそういうところ、大好きだよ」
心からそう言うと、虎若が俯いた。え? と伊助は戸惑う。
――もしかして腹下し!?
だとしたら大変だ。パタパタとスリッパの音を響かせて急いで駆け寄る。と、
「虎、ねえどうし――、ぅむっ!?」
二の腕を痛いくらい掴まれ、顎をいきなり持ち上げられた。慣れたようで慣れない柔らかさを押し付けられ、わけが分からないまでも目を閉じて集中する。
「ん……」
唇の表面を吸われる。一度、二度と繰り返されてからようやく離れた。
瞳が間近にある距離で、
「……どうしたの? 飲み会、土井先生とは組だけじゃ足りないならい組とろ組も呼んじゃう?」
「伊助、変なところで盛大にボケるよな……。そうじゃなくて」
鼻先が触れ合う。手を重ねて指を絡め合う。
「さっき、さ。大好きって言ってくれただろ?」
「うん」
「それがすごく嬉しくてさ」
伊助は気づいた。何だか――虎若がその気になっている。
「ま、待って待って虎。ま、まず御飯を食べよう? そうしよう?」
「待てない」
「でも、お腹が減って……」
「こっちが先。お浸しとサラダはラップかけて冷蔵庫の中だろ? あとは蓋をした炊飯器とフライパンの中だし、火は消されているから問題ない。台所は勝手口の窓を開けて通気を良くしているから――二十分くらい大丈夫だろ」
「……二十分?」
嘘、と唇が動く。
――二十分って、え、まさか本気!?
「ま、待って待って――、あ……」
時間も忘れて
「御飯、冷めちゃった……」
「悪い。一時間もやっちまって。――でも二回目以降ねだったのは伊助だしな」
「はいはい私が悪う御座いました」
「拗ねるなよー」
「後ろから抱き着くのはいいけど胸は揉むな!!」
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