虎とのキスは嫌いじゃない。
むしろ好き。
「あ。虎、御免。ちょっと庄ちゃんのところ行ってくる――」
好き、だけど。
「ちゃんと部屋の掃除やった? 洗濯物は出した? 今度は私だけじゃなくて乱太郎にもキレてもらうからね――」
好き、なんだけど。
「またこんな点数を取って……。図書室で一緒に勉強しよう。土井先生の胃に穴が空いちゃうよ、前世みたいに――」
好き、なん、だ、けど。
「虎、今日の授業のことなんだけど、カラクリについて兵太夫に――」
「ん」
言葉を言っている最中でいちいちキスで唇を塞がれていたら、しかもそこが他の人のいる廊下や教室だったら。
もうぶっちゃけキスされるのが面倒臭いというか恥ずかしいというか。
とにかく、
「ちゃんと最後まで言わせ――はむっ」
また唇で塞がれる。満たすように広がる甘さと熱に、しかし今度は酔わずに軽く突き放す。
「もう! 人の話は最後まで聞きなさい! てか最後まで話させろ!」
「ママーン、どうしたのー? 怒ってるのー?」
廊下の奥からてろてろとした足取りで三治郎がやってくる。同じ委員会のよしみということがあってか、兵太夫とは異なりどちらかというと虎若の方の味方である彼は、ちらりと大柄な体格の友人を見上げて、
「パパン、ママンを怒らせちゃったの?」
「どうもそうらしい」
「何しちゃったの?」
「キスしただけだ」
「何だ、いつものことじゃん」
「確かにいつもだけど、私が言いたいのは話をさせろってこと! 毎回毎回何で私が話している最中にキスで塞いじゃうの! 何か余計な方面のストレスというかフラストレーションが溜まってくるよ!?」
「ママン、やらしいなぁ。さいチューにチューで塞がれるなんて」
「あ、三治郎上手い」
「えへへ。そーお?」
「話を聞いて!」
一括するが、生物委員会のほのぼのコンビはにこにこと笑い合っていて聞く耳を持ってくれない。
伊助は溜息をついた。
「いいもの。そしたらこっちにも考えがあるから。……らんたろー!」
「はーい、何かな?」
廊下の角からひょっこりと乱太郎が顔を覗かせる。ついでに一緒にいたのか、きり丸としんべヱも同じような姿勢で角から顔を覗かせた。
「マスク頂戴! 風邪予防のやつ!」
「これ? いいよ、はい」
保健委員のさがか、何故か都合良く持っていたマスクを伊助は受け取り、紐の部分を耳にかけた。
「さ、これで――」
ビシッと宣言する。
今日一日、キス禁止!
「ちゃんと人の話も聞くこと。いい!?」
「俺、伊助の話はちゃんと聞いているじゃんか」
「聞いてないじゃんか、全く!」
「でもさー、伊助の口から他の男の名前が出たら、そんなの聞きたくないって思うんだよ。いつも。それで、身体が勝手に動く、と」
「な……」
「パパン殺し文句ー! ママン惚れ直した!?」
「…………うん」
「あーあ。キス禁止法もたった十分で終わったな」
「きりちゃん、それ言っちゃいけない。伊助も奮闘した方なんだから」
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