唇を重ねるというのは神聖な行為だと思う。


 兵太夫辺りが聞いたら「そんだけやってんのに今更そんなこと言うの?」とでも言いそうだけれど、それでも私はそう思うのだ。


 唇は、自分の思いを言葉として出すという大切な役割を持つ。


 同時に、生きるためには必要な食事を行う。


 他の箇所とは違って特別な筋肉や血管や皮膚で覆われていないから、柔らかくて。


 きっとどんな箇所よりも触れやすい。


 だから、そんな大切な場所を相手のそれと重ね合わせるということは、相手に自分を委ねても構わないと示す意思表示だ。


 私は貴方にキスをします。


 唇を委ねます。


 それくらい大切に思っています。


 言外にそう伝えていると、そう思うのだ。


 ――そう、思っているんだけど。


「――っ、ふ……」


 舌を絡ませられる度にくちゅくちゅという音が響く。やだなあこの音、と聴覚に響く音にじわりと涙が浮かぶ。


 唇に当たるのは、同じ唇の柔らかさと熱。その熱を溶かして分け与えるように唇を重ねて、舌と舌を重ね、荒くなっていく息を混じらせていく。


「……ん……っと、待って虎」


 伊助はグイと虎若の胸を押した。割とすんなりと虎若は離れる。


 伊助は息を整えつつ、スカートのポケットから取り出したハンカチで口元を拭う。


 唾液で濡れそぼっていた。わぁ、と自分でも呆れつつ、


「虎……何でこんなにキスが好きなの」


「何でって、気持ちいいから」


 さらりと答える虎若。好きな食べ物を訊かれてその理由を返した時のような気安さだった。


 右手で伊助の肩を背後の壁に押し付け、追い詰めて、左手で伊助の顎を掬い上げる。


「俺、飯を食うよりも伊助とキスする方が好きだ」


 言って、その言葉を飲み込ませるように口付ける。


 その唇を受け止め、にるりと侵入してくる舌を受け入れて、伊助は喉の奥で呟く。


 キス魔め、と。


 すると、その言葉を受けた虎若は苦笑した。

















 ぶっちゃけ、これでもまだ足りてないんだけどな。







 





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