「伊助、悪いちょっと――」


 と言いながら寮室の障子を開けた所で、虎若はぴたりと止まった。


 麗らかな陽気の午後、障子を透かして差し込む温かな陽光の中で、一人の少女が壁に背を預けて床の上に腰を下ろしていた。


 手元には鋏と、糸を通した針。


 伸ばしている足の上には何着もの制服があり、横には彼女が愛用している裁縫箱が置かれていた。周りには糸屑や、待針を刺すための綿が詰め込まれた小さな袋もある。


 制服はどれもこれも、ほつれたり、糸が取れたりしていた。中には一度分解して縫い直したらしい跡もある。大幅な縫い直しが必要な部分は待針が留めてあった。


 虎若は小さく微笑み、足音を消して部屋の中に入る。


 半分ほどまで近づくと、スゥスゥという寝息が聞こえてきた。


 制服を着た胸が浅く上下に動いている。瞼はぴったりと閉じられていて、陽光に照らされている肌は白く、顔は安らかさで満ちていた。


「あんま無茶するなよ」


 眠り込む伊助の傍で屈み込む。手元からそっと鋏と針を取ると、違和感を感じたのか伊助がピクッと動いた。


 思わずぎくりとした虎若は身体を固めて気配が動かないように努めた。すると伊助の寝息はまた安らかなものに変わり、安堵そのものといった緩んだ気配で眠り続ける。


 は組の子供達の制服を縫う途中でうたたねをしている彼女に、虎若は小さな声で言った。起こさないよう、唇ではなく頬にそっとキスをして。


















「よーしみんなー。今日は虎若が企画した裁縫教室を行うぞー。先生役は私と、助手として伊助が務めるから何でも聞くように」


「はい先生。何でいきなり裁縫教室なんですか?」


「それはこの時代には家庭科の授業があるからだ兵太夫。男子といえども、自分の制服を縫える程度の技術は身に着けなければな」


「何で土井先生が家庭科の先生なんですかー?」


「唯一、家庭科の教員免許を持っている山本先生が同じ時間帯にくノ一の家庭科を担当することになったからだ。そこでそこそこ技量がある私が男子の家庭科を担当することになったんだ三治郎」


「それってやっぱり俺のおかげですか土井先生ー?」


「ああそうだお前のアルバイトを手伝ったからだきり丸っ!」


「――それでね、ここをこうやって……あ、虎若、上手いね」


「そりゃいつも伊助のこと見てるから。……もーちょい上手くなれば手伝えるかな」


「うん。あ、今度、二人で一緒に何か縫おう?」


「いいな、それ」


「……虎若と伊助、すっかり二人きりの世界にハマっちゃってるね。今、授業中なんだけど。しかも隣にいる団蔵と金吾がアテられて項垂れているんだけど」


「しんべヱ、見て見ぬ振りだだ。スルーすればいいんだよ。あの二人のイチャつきっぷりなんて見たって銭が取れるわけじゃねえんだから」


「そうだね。じゃ、スルーしよう」


「そうそう」


「私のクラスの子供達が妙な方面で達観し始めた……」







 





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