※庄左ヱ門と乱太郎と伊助と三治郎が女の子です
いまも むかしも だいすき だから
よろこんでほしいな
またあえたからこそ
「バレンタインデーってさ、本当は恋人や家族を残すのは忍びないっていう憂いを絶つために、遠征する兵士の結婚を禁じた時のローマ皇帝クラウディウスに反対したバレンタイン司祭が処刑した日なんだってさ」
「庄ちゃん、その豆知識、バレンタインデー当日に言う……?」
机の上に山のように載せられたチョコレート菓子を貪りながら、微妙そうな面持ちで兵太夫が問いかけた。
ちらりと教室の戸を見る。
戸の上には小さな小さな鐘が吊り下がっていた。その糸は教室の戸から、戸の外へと繋がっている。
「みんな必死だよね。菓子会社の戦略に載せられててさ」
兵太夫の机の上に散らばっている、ラッピングされた袋の一つを摘んで三治郎がやや呆れたように言う。
三治郎もまた、ちらりと鐘を見る。
「でもみんながそれにノってるって事は、ただの戦略じゃなくて、きっともう一つの立派なイベントなんだろうね」
伊助が寄ってくる。
近くの席のしんべヱが振り向き、
「僕もこのイベント好きだよ〜」
はぐはぐもしゃもしゃもぐもぐもぐもぐ。
ひたすらチョコレートを食べ続けている。
「しんべヱはお返しが期待されてんだろ」
「お金持ちって有名だしね」
「けど、貰えると嬉しいよ。だって、女の子が僕のためにチョコレートを買ったり作ったりしてくれたって事には変わりないんだから」
しんべヱらしいや、と兵太夫は笑った。
その時、教室の戸の上に設置されているベルがカラリと鳴った。
戸の近くの席でナメクジと戯れていた喜三太が「はにゃ」と顔を上げ、
「土井先生、来ちゃうよ〜」
「みんな、配置に着いて!」
庄左ヱ門が鋭く指示を放つ。
皆がさっと動いて位置に着く。
兵太夫は食べかけのチョコレートを纏めてざっと紙袋に入れ、机の横に吊るした。机の中に潜り込む。
わくわくとした面持ちで虎若が自分の武器を構える。
いつもの日常からガラリと切り替わり、教室中が緊迫した雰囲気に包まれる。
「土井先生、驚いてくれるかな」
「虎若、もう少し引っ込め、お前デカいんだから。戸を開けたら土井先生の視界に入ってしまう」
金吾がグイと虎若の頭を押し込む。
全員がタメるようにムズムズしながら待つ中、やがてガラリと教室の戸が開いた。
「授業を始めるぞー。席に着けー」
一年は組の担任が入ってきた。
途端、ギラリと光る、生徒達の悪戯っぽい眼。
「待ってました土井先生!」
団蔵が弾けるように笑い、
「ハイみんな耳を塞いでー!」
虎若がバズーカのように巨大なクラッカーを構え、
「虎、いっくよー!」
三治郎がそのクラッカーの紐を引いた。
クラッカーが膨らみ、ドォン! という盛大な爆発音が響き渡る。
七色の紙吹雪や紙テープが宙を舞い、教室中を彩った。
「どいせんせー!」
「ハッピーバレンタイン!」
しんべヱときり丸がコロコロと笑う。
肝心の土井は教壇の上で、忍者としての条件反射能力で咄嗟に出席簿を構えて盾にはしていたものの、未だに状況が飲み込めずぽかんとしている。
そんな土井に差し出される、袋状にラッピングされたプレゼント。
「これ、私達、一年は組一同からです」
乱太郎だった。今は女子生徒の制服を着ている乱太郎は、しかしあの頃と変わらない無垢な笑顔で、
「大好きな土井先生に」
「開けてみて下さい、ぜひ」
伊助が微笑む。乱太郎と同じように女性の身として転生してきた彼女もまた、あの頃と変わらない笑顔を浮かべていた。
実は耳に未だ余韻として響いている巨大クラッカーの爆発音に引きつった笑みを返しつつ、土井は有り難うと受け取る。
封として縛っている赤いリボンを解く。
淡い水色のふわふわとした素材の袋に入った中身を見てみると、中身は丸型のクッキーだった。
良く見ると、それぞれチョコペンで顔が描かれている。どれも特徴を掴んでいて、上手く描けていた。
「材料費はしんべヱで」
「アイデアは兵太夫と三治郎で」
「クラッカーは団蔵と虎若で」
「ラッピングは金吾と喜三太で」
「クッキーを作ったのは庄左ヱ門と伊助で」
「チョコペンで書いたのは乱太郎ときり丸です!」
乱太郎、伊助、三治郎、団蔵、しんべヱが誇らしげに言う。
わあわあきゃあきゃあと土井の周りに集まる子供達。
ふふ、と土井は小さく笑った。
「有り難う、みんな――」
手の中にあるクッキーに、ふと、別の菓子の映像が霞む。
クッキーじゃない。餅だ。平べったく伸ばした餅に、みたらしや餡子で、目や口元のような模様を付けている。
その向こう側で、しんべヱがにこにこ笑っていて、きり丸が胸を張っていて、乱太郎が照れている。
今と、同じ。
「有り難う」
同じ、ぬくもり。
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