最初、二人で同棲を決めた時に家事は分担すると決めた。
本当は伊助が全部やると言ったのだが、虎若は強引にそこを押し切り分担制に決めさせた。確かに伊助は家事全般のスキルに長けているが、だからといって全て押し付けるわけにはいかない。
というわけで。
伊助は料理、掃除、洗濯。
虎若は食器洗い、ゴミ出し、アイロン掛け、買い出し。
という分担になっていた。ちなみに掃除と洗濯は二人でやる時もあるが、料理はほとんど伊助だ。土日は二人でやることもあるが、虎若は野菜の皮を剥くので精一杯だった。
一緒に暮らしてみて分かったのが、伊助はキッチンを自分のテリトリーと思っているということである。料理が趣味というのもあるのだろうが、今まで一人でほとんどやってきたので他人が踏み込むと逆に嫌なのだろう、と虎若は解釈している。
だから鍋や鉄板焼きの時は手伝うが、基本的に料理はしない。伊助は自分の創作料理を考えたり作ったりするのが好きなので、その機会を奪われると少しへこむからだ。
もちろん虎若が料理を作るとおいしいと言って食べてくれる。しかし以前にハンバーグを作ってみたら何と塩と砂糖を間違えるという古典的なミスを犯してしまった。以来、虎若は料理を極力やらないようになっている。
それより作ってくれた物を全部食べた方が伊助は喜ぶからだ。
今日も伊助が作ってくれた愛情たっぷりの夕飯を平らげると、伊助は見ている方がとろけるような甘い笑顔で喜んでくれた。
「今日はね、冷奴にかけたドレッシングにこだわったんだよ。私なりに研究して作ってみたオリジナルのやつでね、油分を少なくして――」
と、いつものように得意げに創作料理の解説をしてくれる。
が、今夜は伊助のその饒舌が中途でいきなりピタリとやんだ。聞き流すという無粋な真似はせず、一つ一つきちんと聞いて相槌を打っていた虎若は伊助の顔が凍りついたことに気づき驚愕する。
「ど、どうしたんだ伊助?」
今日あったスーパーのセールには自分が行ったはずだ。豚肉とニラもきちんと買い込んだから問題は無い。洗濯物も通り雨に遭うことなく乾いてくれた。
今日は何も無かったはずだ、と虎若は思い、取り敢えず伊助の手を握る。
その温もりを得て、伊助がゆっくりと口を開いた。
「……ふ」
「え?」
「お、お豆腐……」
伊助がわなわなと震え出す。
どうした、と虎若は優しい声で尋ねた。直後。
「きょ、今日の夕飯、お豆腐系ばっかりだった――!!」
ガタン! と椅子を蹴り飛ばして伊助は立ち上がった。あああ、と頭を抱え、
「豆腐ハンバーグに肉豆腐に豆腐焼売に冷奴! 豆腐ばっかり豆腐ばっかり――! 何でこんな致命的なミスやった自分――!」
「お、落ち着け伊助! おいしかったから、伊助の豆腐料理! いや確かに豆腐系統ばっかりだなって思ってたけど、理由は賞味期限直前でも特売セールで買い占めたからでもなく単なる天然ボケだったのか! 流石は伊助! 滅茶苦茶可愛い!」
「料理係失格――!」
「そんなことないって、すごくおいしかったから!」
「い、今すぐ作り直すから!」
「いやいやいいってもう夕飯平らげたし流石にこれ以上は食えねえ! つか本当に美味かったって、味も偏ってなかったし、ドレッシングも美味かった! うん!」
「……ほんと?」
「ほんとほんと!」
虎若は頷く。
不安そうな表情を浮かべて伊助が虎若を見上げる。虎若は真正面から彼女の目を見据えて「本当だよ」と真摯に言った。
すると。ふ、と伊助が笑みをこぼした。
「……そっか。なら、良かった」
雲の隙間から太陽の光が差し込むような、にぱ、と明るい笑みを見せた。
天然な彼女
「でも虎、気づいていたのに全部食べてくれてありがとう」
「いや俺、てっきり今が夏だから夏バテ対策なのかなって思って……」
「虎は天然だね」
「いや伊助の方が天然だと思う」
*
「俺の伊助を俺の伊助を俺の伊助を――!」
「兵助、いくら可愛い後輩を取られたからって虎若に呪いをかけようとするのはよせよ。それに虎若は俺の後輩でもあるんだぜ。ここは先輩らしく、二人を祝福しようや」
「将来俺の嫁にしようとあんなに豆腐料理の作り方を教え込んだのに! すごく楽しそうに作ってくれていたのに!」
「……多分、伊助は虎若の良き妻になるための花嫁修業としか捉えてなかったと思うぞ。あいつそういう奴だから」
[前] | [次]
戻る