※留三郎×文次郎

※割と女の子と遊ぶ留→ストイック文

※室町設定








 恋だの愛だのっては美しくて素晴らしいもんだと、どこかの誰かが言っていた。あるいは書いてあった。


 恋をすると人はいろんなものが見れる。愛を知ると慈しめるようになる。


 だから恋はした方がいい。いっぱい愛した方がいい、と。


 ありゃ何だったっけ。


 気紛れに図書室から借りた本の内容がたまたま恋愛系で、その一文か一節に載っていたか。


 気紛れに遊んで抱いた女がそんなことを言っていたか。


 あるいは、俺自身の考えか。








      *








 吐いた息が白くならないまでも寒い日だった。枝に付いた葉は枯葉だが落ちることはなく、池の水も凍りはしないが触れてみると冷たかった。


 六年も忍者の訓練を積んでいれば大体わかる。こういう前兆があったらもうすぐ寒くなる。しかも早いうちに。


 今の寒さは、寒くはあるが肌寒いには程遠い、といった感じだろうか。


 雪が降る前兆である、あの底冷えのするような寒さではない。


 何とも中途半端だ。


「寒い方が鍛錬には向いているのだが……」


 身体の熱もすぐに冷めるし、何より忍者とは過酷な環境下においてもスムーズな任務遂行を要求される。その鍛錬に励む文次郎は、存外冬が好きだった。


 空気が凛と冷えていて、自分という存在が世界の中にくっきりと浮かび上がる。他の生物の気配が感じ取れる。


「……心の臓、か」


 トクトクと自分の鼓動が聞こえてくる。耳を澄ませばすぐに聞こえてくる声。


 鼓動の音も好きだ。自分が生きていると実感できて。


 命のやりとりをする忍という職、それに一歩一歩近づいているような気がして――。


「なァに独り言を言っていやがる」


 不意に後ろから声を投げかけられた。振り向くと、そこに犬猿とも呼べる仲の同級生がいた。


「さっきから聞いてりゃぶつぶつぶつぶつ陰険に呟きやがって。何か悩みでもあんのか?」


「……いや、特には」


 今、何か物凄く失礼なことを言われたような気がしたが聞き流した。自分は六年生だ。この忍術学園では下級生の模範となるべき最上級生である。


 だからむやみやたらと怒ってはいけない。感情を流し制御する、それこそが忍――。


「へえ。お前でも悩みあんのか。ふーん。寝不足で動きの悪い頭でも考えられるんだな、そういう高尚なこと」


「ンだとテメエ!」


 一気に頭にカッと血が上った。半ば留三郎の胸倉を掴む。


「俺が悩んじゃ悪いか!」


「別に悪いだなんて言ってねえよ!」


「言ったじゃねえか今さっき! ……はぁ」


 溜息をついた。パッと胸倉を掴む。


 気分が乗らない。頭に血は上るが、心が重いせいですぐに沈む。今は喧嘩する気にもなれなかった。


「……どうしたんだよ、溜息なんかついて」


 留三郎が怪訝そうに聞いてくる。こいつに心配されるなんておしまいだな、と心の中で溜息をつき、


「いや。……何か、気が乗らない。それだけだ。……悪い」


「別に謝らなくてもいいけどよ……」


 留三郎が苦笑いをする。気ィ遣わせちまったな、とは思うものの、今は謝る元気も無かった。


「……なあ。何か気分が重いんなら、気晴らしにどこか行かないか?」


「は?」


 きょとんとした。


 留三郎とは喧嘩仲間だし、ごく稀に手も組むし、他の同級生が間に入れば一緒に食事を摂る仲でもある。が、流石に二人でどこかに出かけるほどではない。


 だから留三郎の提案に面食らった。


「俺とお前が? ……仙蔵辺りが聞いたら噴き出しそうだな」


 もしくは槍の雨が降り出すかもしれない。


 確かに気は重いが、気晴らしをしたいとは思わなかった。


「その誘いは嬉しいが……すまん、今日は鍛錬に勤しむ」


「また鍛錬かよ。……また隈が酷くなるぞ」


「もう治らんから気にしていない」


 軽く笑い、


「じゃあな。――恋人がいるんだろう? どうせならその女を誘って、楽しんでこい」








      *








 せっかくの休日だから、あいつに喧嘩吹っかけてこようと長屋の自室を出た。


 さてどこにいるのやら、と思いながら探すと、忍術学園の隅にある池の前で人影が佇んでいた。


 緑色の制服。六年生だ。それにあの髪型と体格は、間違いない。


 踊る心を抑えて近づく。なるべく足音と気配を消しながら歩み寄る。と、文次郎の声が聞こえてきた。


「――寒い方が鍛錬には向いているのだが……」


 枝に引っ付く枯葉や、まだ凍ってはいない池の水を見つめている。


 想いを自覚してからずっと文次郎のことを見てきた留三郎は、知っていた。文次郎が冬を好むということも、その理由が『鍛錬をしやすいから』という、単純で彼らしいものであるということも。


「……心の臓、か」


 胸に手を当てている。鼓動でも確かめているのだろうか。


 その鼓動を自分のと重ねられたら、と思いつつ三歩の距離で立ち止まる。息を吸い、


「なァに独り言を言っていやがる」


 わざとぶっきらぼうに、からかうような声音を作った。浅く笑みを浮かべ、


「さっきから聞いてりゃぶつぶつぶつぶつ陰険に呟きやがって。何か悩みでもあんのか?」


 あるなら言ってくれ、と思う。話を聞くだけならできるから。


 文次郎は首を横に振った。


「……いや、特には」


 その落ち着き払った態度が妙に勘に触った。だから故意に煽る。


「へえ。お前でも悩みあんのか。ふーん。寝不足で動きの悪い頭でも考えられるんだな、そういう高尚なこと」


「ンだとテメエ!」


 思った通り胸倉を掴んできた。


 こっちを見て、構ってくれた。そのことに心の中で狂喜しつつ、それでも彼が見る自分を演じる。


 口を開けばしょっちゅう文次郎と喧嘩をする、食満留三郎を演じる。


「俺が悩んじゃ悪いか!」


「別に悪いだなんて言ってねえよ!」


「言ったじゃねえか今さっき! ……はぁ」


 不意に文次郎が溜息をついた。パッと胸倉が解放される。


 有頂天になっていた気分が一気に沈む。もっと構ってもらえると思ったのに、と思いつつ、口にはできないからこそ、別の言葉を作る。


「……どうしたんだよ、溜息なんかついて」


 できるなら理由を言って欲しい、と思う。が、答えは、


「いや。……何か、気が乗らない。それだけだ。……悪い」


 ああ、ほら、絶対に言ってくれない。


 無理に隠しているのではない。ある意味では隠しているのだが、ただ、他人に本音を言うのが嫌なのだ。気が乗らないというのは本当だとしても、その理由だけは明かさない。


「別に謝らなくてもいいけどよ……」


 だけど俺にはわかるんだよ、文次郎。


 お前、冬が好きだけど、でも冬になると一気にテンションが落ち込むよな。


 普通に友達と語らい遊ぶ十五歳のガキから、お前は忍の道を目指す男へと変わる。


 だから普段のようにはしゃげない。振る舞えない。心を殺せ、と言われる忍を目指すからこそ、心が重くなり、口数も自然と減ってしまう――。


「……なあ。何か気分が重いんなら、気晴らしにどこか行かないか?」


 いつもの文次郎に戻って欲しい。だから言った。


 だけど肝心の彼は、


「は?」


 と言って、きょとんとした。


 面喰っている。それもそうだろう。普段から喧嘩をしてばかりの相手に、遊びに誘われているのだから。


 そもそも「気分が乗らないって言ってんのに何で誘ってくるんだ?」と思われているのかもしれない。


 だが、それでも、冬と忍を思い沈んでいる彼の心を向けたかった。自分に。


 彼を想っている自分に。


「俺とお前が? ……仙蔵辺りが聞いたら噴き出しそうだな」


 文次郎が苦笑いをする。


 ああ、その表情、凄く好きだ。大人っぽくて、悔しいけど苦労していそうな目元の隈が映えていて、年相応じゃないその落ち着いた態度にどきどきする。


 けど、文次郎はやっぱりそっけなかった。


「その誘いは嬉しいが……すまん、今日は鍛錬に勤しむ」


 喉で声が詰まる。言葉が出せない。だが出さなければいけない。出さなければ怪訝に思われる。


 だから出さなくては。


 ほら。


 早く食満留三郎を演じなければ。


「また鍛錬かよ。……また隈が酷くなるぞ」


「もう治らんから気にしていない」


 微笑まれた。


 その笑みに心が撃ち抜かれる。一気に心拍数が急上昇する。


 言える、と思った。今なら言える。どんな答えが返ってきたとしても、でも、テンションの上がっている今のうちに言った方がいい。


 息を吸う。しかし、


「じゃあな。――恋人がいるんだろう? どうせならその女を誘って、楽しんでこい」


 その言葉に、心臓が止まった。


 胸を抉られるような衝撃が襲う。顔から血の気が引いた。自分でもわかるくらい、体温がすっと下がった。


 文次郎が頭を掻き、


「――ん? 前にたまたま、町中でお前が女と歩いているのを見かけたんだが……恋人ではなかったのか?」


 違ェよ馬鹿、ありゃ遊び相手だよ、お前を抱けないから代わりに抱いて、あとたまには女の温もりもいいかと散歩に付き合った、それだけだ。


 なのに言えない。


 もし彼に、適当な女とほっつき歩く不誠実な男とでも思われたらどうする。


 俺くらいの歳では彼女が替わるなんてことはそう珍しいことではない。文次郎は他人のその辺の事情にズカズカと踏み込む性格でもない。


 でも思われなくない。


 幻滅されたくない。


「……忍者の三禁はどうしたって怒らないのか?」


「あれは俺の理念だ。他人に押し付ける気はない」


「お前の理念、か」


 忍者の三禁。そのうちの一つは、女を抱かないこと。


 ならそれは、男の俺になら抱かれてもいいってことか?


「……ガキとか、どうすんだよ。一生結婚しないつもりか?」


「しない。俺は忍一筋で生きる」


 ああ、もう、スゲェ格好良いよ。お前。


 男の俺から見ても鮮やかすぎるくらいに。


「自分の血を残さないのか?」


「俺は忍者の三禁を貫く。それがその結果なら受け入れる」


「……そっか」


 ああ、良かったよ。


 ってことは俺、たとえ女に産まれたとしても、お前の奥さんになれる可能性は無かったんだよな。


 そうなんだよな?














 お前を愛して良かった。


 けれど俺の想いは受け入れられない。


 何でこんな恋をしちまった。


 何でお前と出逢ってしまったんだ。


 恋なんて、愛なんて、全然綺麗じゃねえし嬉しくねえし、辛いだけだ。畜生。
 







 





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