次屋×浦風
現パロ
「藤内、見つけた」
聞き慣れた声がして振り返れば、長身の幼馴染みが気怠げな瞳で此方を見ていた。
いつものことではあるが、此処は普段人が通るような場所ではない。
「三之助…何でこんなところに居るんだ」
「ん?藤内を探してた」
「俺を?」
「ん、一緒に帰ろうと思って」
…いつもこの調子だ。
俺の幼馴染み、次屋三之助は無自覚な方向音痴で、目を離すとすぐふらりとどこかへ消えてしまう困った奴だった。
しかも一人で家に帰り着くことは出来ないから、必然的に誰かがコイツを連れて帰らなければならない。
その癖何故か僕のことだけは何処に居ても必ず見つけ出すものだから、コイツを連れて帰るのはずっと僕の役目になっている。
「何してたの」
「別に、いつもと同じ」
「そうか」
特に興味も無さそうな問いに同じくらい適当に答えると、彼はやっぱり興味無さそうな様子で相槌を打った。
視線を少し上げて顔を見れば相変わらずの無表情で、瞳には生気らしきものが一切浮かんでいない。
それなのにその瞳にはどこか不思議な光が宿っていて、僕はこの瞳が少し苦手だった。
月並みな表現しか出来ないが、あの瞳で見つめられると自分の中にある迷いとかあまり綺麗じゃないものとか、そういうもの全てが見透かされてしまいそうな気がするのだ。
実際コイツの勘は時々驚く程鋭くて、それを見る度に僕はその思いを強くする。
それでも決して視線を逸らそうとは思えないから、この瞳は苦手だった。
「三之助」
「ん、何?」
「どうしたんだ、それ」
そろそろ帰ろうかと立ち上がって読み掛けの本を閉じながら、ふと彼の手元に目を遣って思わず言葉を零す。
そこには数枚の封筒が携えられていて、そのどれもに可愛らしい文字で三之助の名前が書いてある。
意図せず尋ねてはみたものの、答えは聞かなくても十分に予想出来た。
「下駄箱の前に落ちてた」
「落ちてた?下駄箱の中に入ってたんじゃなくて?」
「下駄箱の中にも入ってた」
少し意外な答えに驚けば、今度は予想通りの答えが返ってきてやはりと納得する。
それは、つまり…
「…溢れてたのか」
僕が呆れ交じりに零した言葉に、彼は無言で頷く。
しかし、それなら。
他の手紙は一体どうしたのだろうか?
見たところコイツは今手にある手紙以外を持っている様子はない。
教室に置いて来たのだろうかと少し気になって尋ねて見れば、予想外過ぎる答えが返って来て思わず持っていた本を落としそうになってしまった。
「残りの手紙はどうしたんだ?」
「捨てた。」
「は、捨てた?」
「邪魔だったから。これも今捨てる」
いっそ憎たらしいくらいの無表情のまま特に何の感情も込もっていない声でそう言ってのけた彼は、それこそ道に落ちているゴミを拾って捨てるくらいの気安さで手紙の束を側のゴミ箱に投げ入れる。
「ちょっと待て。お前何してんだ。」
「何って、ゴミを捨ててるだけなんだけど」
「ゴミってそれ、ラブレターじゃないのか…お前宛の」
「だって俺要らねーし。ゴミでよくね?」
ほんの爪の先ほども悪いと思っていないような口調でそう宣った彼は、先程女の子達の想いと勇気が詰まった手紙を捨てたその手で僕の落とした本を拾って僕の手に押し付けてきた。
全く、コイツは何て罪作りな奴なんだろう。
そして、そんなコイツの態度に内心で安堵している僕はもっと最低だ。
そんなこと、最初からわかっている。
もう何も考えたくなくて、ごちゃごちゃした思考とどろりとした感情を深い溜息に押し込んで吐息と共に吐き出した。
「お前…人様の好意を無下にするな。ちょっとは愛に価値を認めろよ」
溜息の余韻を絡ませつつ説教染みた言葉を投げ掛けると、彼は少し考えながら小首を傾げて口を開く。
「愛なんてみんな同じだろ」
「三之助…」
「其処らにいくらでも落ちてるような愛なんて俺は要らねー。俺はお前に愛して貰えればそれでいい」
――呼吸が、止まった。
無意識に顔に熱が集まる。
コイツは、一体何てことを言うのだろう。
そんな殺し文句、全くもって反則だ。
「なぁ、藤内は?」
「………」
「俺以外の誰かにも、愛されたいと思うの」
「バカ、野郎……思うわけ、ないだろ」
途切れ途切れで、しかも消え入りそうな声だったけれど、それでも僕の言葉はコイツの耳に届いていたらしい。
元々近かった距離の最後の一歩を詰められて、僕は三之助の腕の中に居た。
更に上昇した顔の熱と早鐘を打つ心臓が治まるまで、僕はこの場所を動けないようだ。
愛はどこにでも落ちている
(だけど欲しいのはあなたのものだけ)
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