家族と村を失ったあの日。
俺は自分にはもう何も無いのだと思い込んでいた。
惜しみない愛情を注いでくれていた親父もお袋も、俺を可愛がってくれた近所のおじさんやおばさんも、産まれた時から住んで愛着を抱いていた村も、もう何も無い。
俺は全ての愛から捨てられたんだと思い込んでいた。
だってあの日、親父もお袋も親戚の人も村も全て失われて、残ったのはたった一人、俺だけだったのだから。
俺はもう誰からも愛されることなく生きていくんだ。
そう思っていた。
だけど、違ったんだ。
俺はあの日に全ての愛を奪われ失ったのだと思い込んでいた。けれど、忍術学園にはたくさんの愛が溢れていた。
拾おうと思えば容易に拾えてしまう、受け取ったら両腕で抱えきれない、本当にたくさんの愛。
「きり丸、朝だよー。きり丸が寝坊するなんて珍しいね」
朝、たまに寝坊をする俺の身体を優しく揺さぶるしんべヱ。
起こさなきゃいけないから少し強めに揺さぶってくるけど、頭をぐらぐらと揺らすほどじゃない。この辺、しんべヱの優しい心遣いが籠もっている所だと思う。
友情っていう愛。
「中在家先輩。お饅頭があるんですけど、これから委員会のみんなでお茶にしませんか?」
「……」
「分かりました、食堂に移動してみんなで食べましょう」
「俺、先に行って食堂のおばちゃんにお茶を頼んできます」
「頼んだよ。ありがとう、きり丸」
慈しみっていう愛。
「きり丸、洗濯物は溜め込んでいないか? 今学期の学費は間に合いそうか? 駄目だったらすぐに言うんだぞ、私が学園長に掛け合うから。あと夜に腹を出して眠ってはいないか、ちゃんと布団を被って身体を冷やさないようにするんだぞ。それから……」
「大丈夫っスよ土井先生。――布団を跳ね上げても、伊助と乱太郎がくれた腹巻がありますから」
「おお、そうか。――良かったな、きり丸」
親愛っていう愛。
「うむ。手裏剣の腕が上がったな、きり丸」
「へっへ。そうスか?」
師弟愛っていう愛。
「きり丸、どうしたんだいこの傷!?」
「わっ。ぜ、善法寺伊作先輩。ちょっとバイトで包丁を使った時に……」
「こんなにスパッと!?」
「い、一応、傷口は洗ったんですけど」
「駄目じゃないかすぐに手当てしなきゃ! さ、保健室に行って……うわあああっ!?」
「い、伊作せんぱーい! 大丈夫ですかー!?」
心配してくれるっていう愛。
それと――。
「あ、きりちゃん。どうしたの? どこか切ったの? ……伊作先輩は、穴に落ちたんですね?」
「う、うん……。僕、長屋の自室に戻って着替えてくるね。乱太郎、きり丸を宜しく」
「はい。――きりちゃん、こっち座って」
「おう」
乱太郎が示した椅子に座る。包丁で切った指を見せると、さっき水で洗ったのにもう血が滲んでいた。
乱太郎が脱脂綿で血を吸い取る。傷口の大きさと深さを判断したのか、最初に出した絆創膏を脇に置いてガーゼと医療補助用テープを取り出した。
鋏でガーゼを小さく切って、傷口に当てる。その上から血管の圧迫にならないよう慎重にテープを巻いて固定する。
慣れた手つきだった。
何だかまるで、俺を慈しんで、優しく扱ってくれているような。
――乱太郎は保健委員だから、元から優しい性格だから、誰に対してもこうなのに。
それでもふと思ってしまう。
乱太郎からの愛が、一番心地良いと。
「なあ、乱太郎」
「なーに? きりちゃん」
「俺、お前のこと大好きだよ」
乱太郎は目をパチクリさせると、ふんわりと微笑んだ。
「私も大好きだよ」
――ああ。
今にして思えば、あの日の後に初めて感じた愛は、乱太郎、お前からの『親しみ』だったかもしれない。
愛はどこにでも落ちている
その『親しみ』が『恋愛感情』に変わるまで、あと少し。
だけど今は、たくさんの人からもらう愛を確実に受け止めたい。
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