次屋×浦風

現パロ



「あの、次屋くん。ちょっといいですかっ…?」

 昼休みを知らせるチャイムの音で今しがた目を覚ましたばかりの自分に、躊躇いがちな声が掛かる。
振り向いてみれば、他クラスの女子生徒が酷く緊張した様子で自分の前に立って居た。
小柄で華奢な感じの、可愛らしい女の子である。

「何?」

「その、これっ…良かったら」

 取り敢えず首を傾げて尋ねてみれば、その女の子は恐る恐るといった様子で可愛らしいラッピングが施された包みを俺に差し出してきた。
中身は菓子の類いだろうか。
 そんなことを考えていたら、目の前の女の子が再び口を開く。

「これ、私が作ったカップケーキなんですけど…良かったら貰って頂けませんか?」

「俺、甘いもの嫌いだから」

間髪入れずに即答した俺に、女の子が驚愕の視線を向ける。
流石にここまであっさり断られるとは思っていなかったのだろう、彼女の瞳には薄っすら涙が溜まっていた。
だが、そんなの俺の知ったことではない。
そもそも俺は甘いものが大嫌いだし、この女の子に対しても全く興味がなかった。
第一、名前も知らない相手から貰ったものなど食べる気にもならない。

「此処で捨てていいなら、別に貰ってもいいけど」

「……っ」

 それだけ言ってしまえば彼女に言うことはもう何もないので俺は深く俯いたまま固まっている女の子をそのままに、購買で自らの昼飯を確保するべく席を立つ。
一番人気のカレーパンはまだ残っているだろうか。
いつもより遅くなってしまったから既に売り切れてしまったかもしれない。

「ちょっ、次屋テメェまたかよっ…!」

「いい加減にしやがれっ!!」

 もう嫌という程聞きなれてしまったクラスの奴等の怒りと羨望が入り混じった怒鳴り声を無視して昼飯のことを考えながら廊下へ出た瞬間、分厚い国語辞典が俺の頭へと突き刺さった。
絶妙な角度で降り下ろされた辞典の角がピンポイントで旋毛に当たり、あまりの痛みに思わず蹲る。


「うわっ、痛っ…!何だ!?」

「何だじゃない、この馬鹿!」

 若干涙目になりながら両手で頭を押さえた俺の頭上に続いて降って来たのは、涼やかな高い声で放たれた聞きなれた叱責だった。

「藤内――?」

「何だよ」

「えーと、何で此処に?」

 思わず蹲ったまま顔を上げて名前を呼べば、呆れと怒りが入り交じったような表情を浮かべた藤内が先ほど俺に痛烈な打撃を与えた凶器を片手に不機嫌そうな声で返事をくれる。
その視線の冷ややかさに先程とは別の意味で泣きたくなりながらとりあえず気になったことを尋ねてみると、彼は至極面倒そうな様子で溜息を吐いた。

「お前に用があって来たんだよ。そしたらまたお前が女の子泣かせたみたいだったから」

「あー…。俺に用事って?」

「それは…、もういい」


 何処か歯切れの悪い口調で目を逸らした藤内に、思わず首を傾げる。
今さっき会ったばかりだが、俺が知らないうちにもう用事は済んでしまったとでもいうのだろうか。

「なぁ藤内、用事は本当にいいのか?」

「あぁ。…もう、意味なんて無いからな」

 念を押すように尋ねた俺の言葉に頷きつつ、意味深なことを呟く藤内。
平静を装ってはいたが、少し焦った様子で後ろ手に隠したものに気付かない程俺は鈍くはなかった。


「それ、何?」

「え?あ、いや…」

 俺の指摘に驚く程狼狽える彼の隙をついて隠していた物を取り上げるとそれはシンプルな水色の小さな紙包みで、微かに甘い匂いがした。
制止する彼の声も聞かずに包みを開けば、案の定中には丸い形をした一口サイズのクッキーが鎮座している。

「これ、…」

「返せ」

「もしかして、藤内が?」

「だったら何だっていうんだ。さっさと返せ」

 甘いものは嫌いなんだろうと不機嫌そうな、それでいて今にも泣き出しそうな表情で呟く彼の姿に、心臓がとくりと一つ跳ねる。
今の状況を見ればこのクッキーが俺の為に用意されたものだというのは一目瞭然で、更に俺の推測が正しければこれは恐らく彼の手作りだ。
その証拠に、思い出してみればこの包みを留めていた特徴的なリボンの結び方は藤内のものだった。

「俺の為に、作ってくれたのか」

「違う、ただ調理実習で作ったのが余ったから…」

 確認の為に問いかけてみれば、彼はふてくされた様子で言い訳染みた言葉を吐く。
きっと事実ではあるのだろうがそれをわざわざ包んで持って来てくれたことを考えれば、わざと余るように作ったのだろうことは疑いようが無かった。

 俺は藤内を見つめたまま少し考える。
だが俺の手には彼が俺の為に作ったクッキー、目の前には泣きそうな藤内となれば俺のすることは一つしか思い付かなくて俺は包みから摘まみ上げたそれを一つ、躊躇うことなく口へと放り込んだ。

「ちょっ、お前何してっ…」

「うん、美味い」

噛み砕いた瞬間に俺の大嫌いな甘さが口一杯に広がって思わず眉間に皺が寄るがそのまま咀嚼して呑み込むと、また一つ心臓が跳ねて口から無意識に言葉が零れた。

「…嘘吐き」

 俺が無理をしていると思ったのか少し掠れた声でそう言った彼はそれでも嬉しそうにはにかんでいて、それを見た俺はまたしても跳ねた心臓に首を傾げつつ、甘いクッキーをまた一つ口に運んだ。






(死にそうだけど、悪くはない)














 





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