甘い物には毒があると思えと、学んだのはいつだっただろう。
忍者として、他人から差し出された甘味には注意をしろと学んだ前世か。
他人を蹴落とす世知辛さを思い知らされる学生として生きる現世か。
いつだったっけ。
甘い物には中毒性があるって、何かの本で軽く読んだだけだっただろうか。
それとも――。
*
「ねえねえ三郎次」
「何? 今、勉強中だからあとにして」
「用は無いよ。でも引っ付いていていーい?」
「まあ、それなら」
ありがとー、という背後からの声と共に、背中に重みが来た。ずしりと体重をかけるのではなく、体温を分け合うように背中にくっつき、すりすりと頬擦りをしてくる。
シャープペンシルをノートに走らせながら、三郎次は笑みをこぼした。
背中に四郎兵衛の温もりが伝わってくる。
自分だけに甘えてくる、四郎兵衛の無邪気で無防備な温もりだ。
四郎兵衛がこうして引っ付いてくることは決して珍しいことではない。むしろ日常茶飯事だ。
学校での休み時間に音楽を聴いている時、図書室で本を読んでいる時、今のように長屋の自室で勉強をしている時。
どこからともなくふらりと現れ、後ろから抱き着いてきたり、膝枕を強要したり。日によっては接吻をねだることもある。
彼の恋人である三郎次は、そんな四郎兵衛の甘えを可愛らしいと思いつつ受け入れていた。
流石に皆の前で接吻はできないが、二人きりの時はなるべく応えるようにしているし、音楽を聴いている最中にくっついてきたらヘッドホンを外して彼と会話をするようにしている。
そんな三郎次の細やかな愛情を敏感に察知してか、四郎兵衛は最近では殊更に嬉しそうに三郎次に甘えてくるようになっていた。
自主勉強を続けながら、意識の八割はじんわりと伝わってくる緩い温もりを受け止める。が、
「……あ。そうだ俺、食堂から何かお茶とおやつを貰ってくるよ」
パッと四郎兵衛が離れた。途端に温もりが無くなり、ゆっくりと背中が冷えていく。
離れた体温に三郎次は声を上げようとした。
まだ引っ付いてろよ、とか、あるいは、別にいいからここにいろ、と言いかけ、
「しろ、……っ!」
自分でその発言の意味や大きさに気づき、顔を真っ赤にして俯いた。
――今、俺、何を言いかけた!?
それこそ少女漫画に出てくるような、甘々でベタベタな台詞を言おうとしていた。いつもの自分ではあり得ない大胆さと素直さで、ただ「寂しい」と伝えるためだけに。
「なーに? どうしたの?」
こくんと首を傾げて顔を覗き込んでくる四郎兵衛。
三郎次は俯いたまま、一言、呟いた。
「……何でもない」
顔が熱い。その熱を冷まそうと、三郎次は机の上に広げた教科書とノートに集中した。
だから彼は知らない。
三郎次の勉学の邪魔をしないよう音を立てずに部屋を出た四郎兵衛の顔に、薄い笑みが浮かんでいたことを。
致死量の砂糖
俺がいないと寂しいって思ったでしょ?
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