恋なんて知らない。
いや。
恋なんて分からない。
そういう女だ。
「初めまして。トウヤです。宜しくお願いします」
そういう女だった――はずだった。
トウヤの顔は大人びていた。
浮かべる表情は落ち着いていた。
無表情も、微笑も、苦笑も、どれも目を惹きつけられた。
まるで、月明かりだけが差す夜道のような、ほの暗さ。
だけど、成熟しきっていない微かな幼さもあって――。
「リカ。……リカ?」
ハッとなった。
白の服を着たサブウェイマスターの一人が、目の前で手をひらひらと振っていた。
「大丈夫? ボーっとしていたけど」
「あ、す、すみません……」
リカは片手に持った紙コップの中身を口元で傾けた。
中身のブラックコーヒーを飲み干す。
口の中と喉に、苦み走った味が広がった。
夢想に浸っていた意識が覚めて、現実に戻る。
「御客様が来ているよ」
「え? ……私に、ですか?」
「うん。リカに」
リカは首を捻った。
リカはバトルトレインに乗車はしない。
主な仕事は受付と、初めて利用する人への説明だ。
利用客とは接する。が、やはりバトルトレインには乗車しないので、知名度は低いという自覚はある。
それなのに、こちらを指名する客が来た。
リカの頭の中にぐるぐると悪い予想が渦巻く。
もしかして何か不備があったとか。
クレームとか。
クレームとか。
クレームとか?
「ほら、急いで急いで」
「あっ、は、はい!」
リカは慌てて立ち上がった。
早足で休憩室を出る。
スタッフオンリーのドアを開ける。
と、黒の服を着込んだ、もう一人のサブウェイマスターがいた。
「リカ」
「あ、ボス。ええと、私に御客様とお聞きしたのですが――」
「こんにちは。リカさん」
「……ト、トウヤ君!?」
リカは驚愕した。
ノボリの横に、トウヤがいた。
トウヤは片手に提げたビニール袋を掲げ、
「お菓子を持ってきたんですけど。リカさんが良ければ、お茶しませんか?」
かつてリカが見とれた、落ち着いた笑みで言った。