「ねえねえ! 雪だよ雪! 外で遊ぶぞー!」

 チャンピオンに勝利し、シンオウリーグを制覇し、その足でフタバタウンに帰還した翌日。

 ボールの中でゆっくり休んで起きて、何かバタバタ足音がするな、ああこれヒカリだと思ったら、ボールから出されて、これだ。

 俺と同じようにボールから出された他の奴らも、少し唖然とした目で見つめている。

 ヌオーはのんびりと欠伸なんかしているが、普段はきびきびと動くレントラーも「え、昨日の今日で動くの?」って顔をしているし、ゲンガーは素直に嫌々と首を横に振っている。

「うむむ。みんな今日は動きたくないかぁ」

『当たり前だろばーか』

 って言っても人間のヒカリには通じねえけど。

「ゴウカザル? 今、馬鹿って言ったよね? 表情で分かるぞ」

 マジか。侮れねえな。流石は俺の主人だ。

 付き合いも長いしなぁ。

 ……思い返せば、あっという間だったな。

 201番道路で出会い、ヒカリが俺を選んで、俺もヒカリに懐いて、一緒に旅をした。

 途中で仲間が増えて、バトルして、何か変なファッションの人間も倒して。

 濃い旅だったなぁ。

 まあ主人のヒカリが濃い奴だったからなぁ。必然ってやつだったのかもしれねえ。

「ヒカリ、何を騒いでいるの?」

 誰かが階段を上がって部屋に来る。

 ヒカリの母親の、アヤコママさんだ。

 昨日に初めて会ったんだが、俺も他の奴らもこの人の事は結構好きだ。

 昨日。

 ポケモンリーグを制覇して、実家に直行し、バトル直後でハイテンションのヒカリを出迎え家に入れたアヤコママさんは、そのままの笑顔で言ったのだ。

「貴女を支えてくれたポケモン達を、ママにも見せて頂戴」

 ヒカリは「ぅはーい!」と子供のようなテンションでそれに応じた。

 ボールが弾ける。

 初めて見たヒカリの家は、ナナカマド博士の研究所より小さくて、食べ物やら洗剤やらの生活臭がほんのりと漂っていた。

 ポケモンセンターの宿泊用の個室とも、また違う。

 きょろきょろと家の中を見回す俺達に、アヤコママさんは言ってくれた。

「有り難うね。ヒカリの事を支えて、信じて、守ってくれて」

 太陽のようなあったかい笑顔は、どことなくヒカリに似ていた。

 ヒカリに微妙に似ていて、けどヒカリ以外の人から言われた感謝の言葉に、俺達は素直に照れた。

 そして翌日。

『アヤコママー』

 レントラーが甘えたいように寄ってくる。こいつは最初にヒカリに会った時から随分と人懐こい。昨日の一件で信頼できる人間だと判断したんだろう。

 アヤコママさんが優しい笑みでレントラーを撫でながら、

「まさかとは思うけど、昨日の今日でもう出発する気?」

「ううん! 雪遊び!」

「さっきも言ったけど昨日の今日でしょう。今日はポケモン達を休ませてあげなさい」

 少し厳しい顔をするアヤコママさん。

 俺はヌオーと顔を合わせた。

 俺とヌオーは、タイプ的にも体力的にも雪遊びには付き合える。

 ジム戦やらギンガ団との戦いやら伝説のポケモンとの戦いやら、挙句の果てにはいきなりぶつかってくるジュンの相手をしていたせいで、体力も有り余るくらい付いたし。

 今はボックスに入っているが、氷タイプの奴らを出せば、遊べるだろう。

 どうする? とヌオーが小首を傾げる。

 レントラーはアヤコママさんにべったり。ゲンガーは嫌がってストーブの前にちょんと座っている。

 トロピウスは……流石に室内には出せないからボールの中に入っているが、目線を向けてみると、ふるふると首を横に振っていた。確かにトロピウスにはちとこの天候は酷だ。

「今日くらい、のんびりするのもいいんじゃない?」

 アヤコママさんの提案に、ヒカリの眼がキランと輝いた。

「それいい! 今日は家に籠もってホットココアを飲んでのんびりするぞー!」

 切り替え早ェよ! 雪遊びはいいのか!?

「明日でいいや! どうせ雪なんていくらでも降るし!」

 まあな。ここシンオウだし。超寒いし。

 ヒカリが言うなら、まあいいか。

 家でのんびりって聞いて、距離を取っていたゲンガーが笑みで戻ってくる。現金だなこいつ。まあいいけど。

 アヤコママさんがちょっとほっとしたのか、にこにこと微笑む。

「じゃ、下にいらっしゃい。ココアを淹れてあげる」

「有り難うママ! みんな行くよー」

 ヒカリがボールに戻さないので、俺達もぞろぞろとついていく。

 一階に着くと、早速ゲンガーがソファに座った。おい駄目だろ、そういうのは家の主に勧められてからだ。

 レントラーはアヤコママの足元でくるくると喉を鳴らしている。おい駄目だろ、アヤコママさんキッチンで火を使ってんのに危ねェよ。

「レントラー、ママが危ないからちょっと離れてあげてね」

 流石はヒカリ、その辺はちゃんと注意するか。

 素直にレントラーが離れると、アヤコママさんがガサガサと何かの袋を上下に振って鳴らした。

「みんなの分のおやつもあるからね。食べて頂戴」

「コーディネーターのママの手作り! おいしいよー!」

 マジか。そりゃ楽しみだ。旅の途中はポケモンフーズとヒカリのポフィンしか食ってなかったからなあ。

 いや、まずかったわけじゃない。けどポケモンの俺達は、人間の食べる物はあまり食っちゃいけないって言われてる。カロリーが高いからな。逆に体調を壊してしまう。

 だから純粋に、人間が俺達にも食べられるようにって作ってくれた物には興味が湧いてくる。

 ヒカリがマグカップを持って四人用テーブルの椅子に座った。ゲンガーがくんくんとマグカップの匂いを嗅ぐ。

「これはね、ココアっていうの。人間が、疲れを取りたい時や、ゆったりしたい時に飲むんだよ」

「みんなはこっちをどうぞ」

 アヤコママさんが手製のおやつを差し出してくれる。

 俺とゲンガーとヌオーには平べったい皿、四本足のレントラーは底が深めの皿だ。

「あら……ヒカリ、トロピウスはどうしようかしら」

「あ、出すよ。おいでー」

『え? マジで? あの巨体を出すのか!?』

 ポンと出されたボールから出てきたトロピウスもそんな顔をしていた。室内に俺を出しちゃうんですか、って表情。

 それでも割と機転が利くトロピウスは、さっとした動きで素早く足を折って屈み込んだ。

 最大限に身体を縮め、垂れた首も床の上に置き、背の草状の翼を折り畳んで、テーブルの周りをぐるりと一周する位置に身体を横たえる。

 おお。頭いいなあトロピウス。

「賢いよトロピウス。偉い偉い」

 頭を撫でられたトロピウスはどうもどうもって言ってるが、やっぱりボールの中に戻してくれてもいいよって顔をしている。

 その表情を読み取れるはずなのに、ヒカリはボールを出さなかった。

「ママ、お皿こっちに頂戴。……はい」

 トロピウスの前に皿を置いて、また頭を撫でる。

 トロピウスは声量を抑えて一つ鳴くと、ゆっくりと食べ始めた。

 トロピウスが出て一気に狭くなったようにも感じるが、息苦しくはない。

「あ、そうだ! ねえママ聞いて聞いて! ポケモンリーグも頑張ったんだけど、旅の途中で変な大人がいてね! ギンガ団って言うんだけど、私ね、そいつらと――」

 昨日の余韻を引き摺ってか、まだハイテンションなヒカリがべらべらべらべらと喋り出す。

 タネマシンガンみたいな速さに俺は絶句したが、それを向けられているアヤコママさんは穏やかな顔で一つ一つ頷きながら丁寧にヒカリの話を聞いていた。

 スゲェなアヤコママさん。

「それでね、……んん」

 あれ、何か勢いが急に落ちた。

 俺とレントラーがヒカリを見上げると、ヒカリは欠伸を連発させながら瞼を擦っていた。

「……何か眠い。昨日はぐっすり寝たのに」

 いや、一晩寝ただけじゃ、あの連戦の緊張と疲れは抜けねェだろ。

 やっぱり興奮状態を引き摺ってたんだな。

 アヤコママさんはそれを見抜いていてだから室内に引き留めたのかもしれない。

 アヤコママさんは優しい顔でヒカリの頭を撫でた。

「もう少し休みなさい。御夕飯ができたら起こすから」

「うん。……みんなは好きにしていいよー」

 結構へろへろとした感じでヒカリが二階に上がり出す。

 ヌオーはおやつの続きを食べ、ゲンガーは勝手にテレビのスイッチを入れて観始めた。お前ら本当に自由だな。

 おやつを食べ終えたトロピウスが頭をもたげ、ヒカリと擦れ違う瞬間、モンスターボールのスイッチを押して自分から収まった。

 ヒカリは何も言わずに、とろとろと歩いていく。

 レントラーがアヤコママさんに一つ鳴いた。そして急いで駆けてヒカリの足元に寄り添う。

 レントラーの皿には、まだおやつが残っていた。

「ふふ。密封して保存するから、今日中に食べるならまだ大丈夫よって伝えておいて。御夕飯の後にまた出すから」

 ういっす。

 何から何まで気の利いた人だ。

『ちょっと早く!』

 切羽詰まった声でレントラーに呼ばれる。急いで行くと、階段の途中でヒカリが止まって壁にもたれかかっていた。

 レントラーが睨み付けてくる。女の子なのにメッチャ怖い。確かに特性は威嚇だけど。

 まあしかし確かに格闘タイプなので力には自信がある。ヒカリの身体を持ち上げると、ヒカリの瞼は閉じられていた。

 俺が抱えた途端、ヒカリの身体からガクリと力が抜けた。

『とっと』

 もう寝息が聞こえる。早すぎだ。まあ疲れているのも分かるけど。

 あまり揺らさないように気を付けながら二階に運ぶ。

 ベッドに寝かせると、ヒカリはころりと横向きに寝返りを打った。

 柔らかい枕に頭を埋めて、すーすーと気持ち良さそうな寝息を立てている。

『ねえサル』

『俺はゴウカザルだ。んだよ』

 レントラーが右前脚を持ち上げてベッドのサイドテーブルを指す。

 視線を動かすと、そこに写真立てがあった。

 ヒカリの肩に載ったヒコザル時代の俺と、ジュンに持ち上げられたポッチャマ時代のエンペルトが、ナエトルを抱えたコウキと、ナナカマド博士と一緒に写っている。 

 背後には、マサゴタウンにあるナナカマド博士の研究所。

 これは……確か、201番道路で俺と会った後、マサゴタウンに着いたヒカリが、せっかくだから記念写真を撮りたいと言って、ナナカマド博士が承諾してコウキがカメラを用意して、コウキの父親にシャッターを押してもらおうとしたら何故か猛スピードでジュンが来たから、ジュンも入れて撮った写真だ。

 懐かしい。

 そういや俺って最初はヒコザルだったんだよなあ。

 あの時、ヒカリが俺を選んで、俺もヒカリを気に入って。

 それからずっと一緒に旅をした。

 いろんな景色を見て、いろんな町に行った。

 懐かしい。

 ――ってボーっとしていたので、後ろでレントラーがヒカリを起こさない程度に威嚇しつつパリパリと放電している事に気づくまで、俺は少し遅れてしまったのだった。

 羨ましがるレントラーの気持ちも分かる。

 現に俺だってこう思ってんだ。

 最初に会えて良かったな、って。


 


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