「狩屋。今日は調子良かったな」
「……別に。あんたに褒められたって……」
親愛と恋愛感情の違いってのは一体どこだろうか。
別にそんなのはどうでもいい。
俺は後輩に対して、その二つを同時に抱えている。
「はは。ま、先輩からの褒め言葉って事で、有り難く貰っとけよ。あ、汗はちゃんと拭けよ、風邪を引くからな」
「分かってますよ、今拭こうとしたところですっ」
お前は可愛いな。
親に親友に自分、今にして思えば有り余るほどの愛情を受けていたからこそだろう、ちょっとは他人にも優しくしてみよう、なんて殊勝な心掛けを始めてみて。
そしたら、想定外にデレてきて、色々と無防備な表情を見せてきて。
それを「あ、こいつ俺に惚れてるんだ」と、頭は悪くないけど馬鹿な俺は勘違いして、同性のこいつを好きになってしまった。
お前のせいだ。
どうしてくれるんだよ、全く。
「なあ狩屋」
「何ですか」
「最近、何かあったか?」
狩屋は……何か最近、元気が無い。身体を動かしている時はそうでもないが、部活中でもしょっちゅうボーッとしている。だから『細かい所に気が付ける優しい先輩』として訊いてみる。
「は? いきなり何ですか」
「いや……何となく、だけどさ。最近お前、ちょっと元気が無いような気がするから」
「心配してくれるんですか? 先輩は優しいなあ。でも俺は至って健康です」
何で隠す。
何で俺に何も言わない。
何か、俺に先輩としての相応しい要素、例えば信頼とか頼もしさとか、そういうのがもう少しあったら、話してくれるんだろうか。
話してくれたとしても、俺はこいつに何かできるんだろうか。
こいつに何かしてやりたいって、自惚れてみても。
俺はただの中学生だ。それに、こいつのバックには、こいつを充分に守ってやれるだろう大人達もいる。
なのに。
何でこんなにもこいつに『何かしてやりたい』って思うんだろう?
どうして、こいつに『何もしてやれない』って事実を認める事が、こんなにも悔しんだろう?
「……狩屋、おい」
「何ですか」
「どこか痛むのか? 怪我したのか? だったら早くマネージャーに言わないと」
「はい?」
「……気づいていないのか? お前、今……泣いているんだぞ?」
泣いて、いる。
狩屋が。
俺の前で。
つまり、それくらい泣きたいんだろう。
けど、俺はその痛みに、何もできない。
「……すみません。思い出し泣きです。タオル、タオルっと……あ、あったあった」
「お……思い出し泣き?」
「思い出し笑いの泣きバージョンですよ。すみませんね、ビビらせちゃって」
ああ。
お前は何も頼ってくれないんだな。
お前から愛を貰えない俺の恋心が、切なくドス黒い闇の海に、沈んでしまいそうだ。