色々と準備したので時間がかかった。
もう行ったかな、と懸念しながらも町の出入口を兼ねた道路の方に行くと、ジュンとヒカリの二人がいた。
アヤトの姿を見たジュンがパッと明るい笑顔になり、

「! おそーい!!」
「悪い」

素直に謝ると、ジュンの隣のヒカリが微笑み、

「大丈夫。ジュンも忘れ物したって家に引き返して、今ちょうど来たところだから」
「あ、本当に?」

ならちょうど良かった。
良く見てみると、ジュンもヒカリも服装やバッグをしっかりと揃えていた。
――あ、ちゃんと準備しておいて良かった。
母さん有り難う。

「さ! ナナカマド博士の研究所に行くぜ!」

ジュンが先頭に立ってずんずんと進む。
そのまま草むらにそのまま入って行きそうな勢いだったので、アヤトは思わずジュンの腕を掴んだ。
ジュンが振り向く。

「……何だよ? 草むらに入るな! だろ?」
「分かっているなら何で行くんだよ。常識だし、さんざん習っただろ? 草むらには野生のポケモンが出てくるから、入っちゃ駄目だ」
「そうよ。私達、ポケモンを持っていないのに」

人間と一緒に住んでいて人間に慣れているポケモンもいるが、野生のポケモンは甘くない。
自分の力で生きているため、縄張りに入ってくるものには容赦なく襲ってくる。
人間は生身では野生のポケモンに対抗できない。だから人間だけで草むらに入るのは駄目だ。
親に習うよりも早く、この世界で生きて呼吸をしている内に、自然と頭の中に根付く常識の一つである。

「平気! 平気ッ! ポケモンいなくても大丈夫。俺に考えがあるんだよ!」
「考え?」
「いいか? 草むらに入ると野生のポケモンが飛び出てくるだろ!」
「まあ、ね」

曇った表情のままヒカリが頷く。
ジュンは草むらぎりぎりまで近寄り、

「だけどさ、それよりも早く次の草むらに入るんだよ!
 そうやって駆け抜ければ野生のポケモンに会わずにマサゴタウンに行けるってわけ!!」
「待った」

アヤトは掴んだままのジュンの腕を揺さ振った。
意識をこちらに向けさせようとするが、ジュンがそれで止まるわけもなく。 

「んじゃついてこいよな! それじゃ行くぜ! せーのっ!」
「待ていっ!!」

唐突に、凄まじい音量の声が飛んできた。
聴覚を直接叩かれたように、三人は思わず一斉にびくりと震えた。
アヤトの手がジュンの腕から離れる。
草むらの向こう側から、白衣を着た壮年の老人が速い足取りで歩み寄ってくる。

「君達、ポケモンを持っておらんようだな? それなのに草むらに入るとは一体どういう事だ!?」

張りのある声で厳しく尋ねてくる。
ヒカリが小動物のように身を縮こまらせるが、アヤトは特に臆さず、ジュンと顔を見合わせた。

「なあアヤト、この人って……」
「……ナナカマド博士」

つい先程にテレビで観た姿と全く同じ。
髭の形や髪形などの特徴がぴったりと一致する。

「……だよな。何でここにいるんだよ……?」
「さあ……」

ポケモン博士なのだから、単に草むらに入る事もあるだろうし。
あるいはフタバタウンか、近くのシンジ湖に用事があったのかもしれない。

「……彼らはポケモンが欲しくて草むらに入ろうとしたのか……うむう……どうしたものか……」

ナナカマド博士が何かぶつぶつと呟いている。
アヤトは今度はヒカリと顔を見合わせ、小首を傾げた。

「……ポケモンと出会う事で彼らの世界は変わるだろう。私がそのきっかけを与えていいのか?」

ふむ、と博士が一つ頷き、三人の前まで歩み寄った。

「君達、本当にポケモンが好きなんだな?」
「はい!」

ヒカリが真っ先に頷く。

「俺も! 俺もポケモン大好きだぜ!」
「俺もです」

実家のピチューはちょっと憎たらしいけど、という言葉は飲み込む。

「もう一度訊く! 君達は本当に、ポケモンが好きなんだな?」
「何だってんだよー! 百回訊かれたって同じだぜ。俺もこいつらも百回答えるよ! ポケモンが大好きだって! な、ヒカリ、アヤト!」
「ええ」
「ああ」

実家のピチューはちょっと別だけど、という言葉は飲み込む。
ナナカマド博士は、じっと三人の眼を見つめた。

「……ポケモンも持たずに草むらに入ろうなどと危ない事をする人間がポケモンを持ったら、何をしでかすか心配だがな」
「……うぅ。それは、その……」

ジュンが俯く。
ヒカリが何か言おうと口を開いた直後。
ジュンがパッと顔を上げた。

「……じゃあ俺はいいからさ、こいつらにはポケモンをあげてくれよ! 草むらに入ろうとしたのは俺だからさ……」
「!! 生意気を……」

ナナカマド博士の表情が微妙に変わった。
厳しさで張り詰められていたものから、ほんの少しだけ変わって納得したように眉がフラットになり、

「成程、分かった! ポケモンは君達に託そう! こちらこそ、君達を試すような真似をして悪かった」

顔を上げたジュン、真摯な眼差しのヒカリ、まっすぐな目線のアヤトと目線を重ね、

「ただし! もう二度と無茶をしないと約束してもらうぞ! では……うむう? どうした事だ……?」

ナナカマド博士が自分の手元や足元をきょろきょろと見回す。
三人で顔を見合わせていると、ナナカマド博士が来たのと同じ方向から、今度は三人と同い年頃の少年が来た。

「ナナカマド博士! 湖に鞄忘れてますよ」
  
両手で吊るすように持った重厚そうな鞄を、ナナカマド博士の足元にトンと置く。

「何かあったんですか?」

きょとんとした眼差しでナナカマド博士を、次いで三人を見る。
困惑してはいても、その目にあからさまな敵意などは感じられない。
おっとりとした雰囲気も合わさって、親しみやすそうな印象を受けた。

「おお! コウキ、助かったぞ! いや何、彼らにポケモンを託そうと思ってな」
「!? 大切なポケモンなのに、あげると言うのですか?」
「うむ! 私達はポケモンと共に生きている。人にはそれぞれポケモンと出会うべき時がある。共に歩むべき世界がある。彼らにとって、今日がその時! ここがその場所なのだ!」

ナナカマド博士が、立て置かれていた鞄を地面の上に寝かせた。

「さあ! 鞄を開けて、好きなポケモンを選べ!」
「ほんとか!? ナナカマド博士!! 俺、嬉しくって嬉しすぎて、今凄い変な顔だぜ……」
「うん」
「何だよー、見るなよアヤト!」

ジュンがじゃれ付くように笑う。

「おいヒカリ、アヤト、先に選んでいいぜ! 何たって俺は大人だからな。こんな時、余裕を見せるのさ!」
「んじゃ遠慮なく」

アヤトは金属製の留め具を外して鞄の蓋を開けた。
中身は、モンスターボールが三つ。

「さあ! どのポケモンにするのか、選びたまえ」
「ヒカリ、先に選んでいいよ」

レディーファーストだ。
幼馴染みであるため、ヒカリもアヤトの性格は知っている。
有り難う、と微笑んで、ヒカリは三つのモンスターボールをじっくりと眺めた。

「じゃあ……私はこの子」

ヒカリがモンスターボールを一つ取る。
ヒカリが鞄の前から一歩下がってアヤトに場所を譲る。
アヤトは鞄の前で膝を折って屈み込んだ。
モンスターボールは二つ。

「その二つは、こざるポケモンのヒコザル。ペンギンポケモン、ポッチャマだ」

ナナカマド博士が教えてくれる。
うーん、とアヤトは悩んだ。
こざるポケモン。
ペンギンポケモン。
ペンギンと聞いて、何故か実家のピチューが思い浮かぶ。
ペンギンのように胸を張ってちょこちょこと歩く姿。
アヤトはモンスターボールを手に取った。

「こざるポケモン、ヒコザル。このポケモンを選ぶのか?」
「――はい」

モンスターボールを両手で包むように持つ。
立ち上がってジュンに場所を譲ると、ジュンは一つだけ残ったモンスターボールを手に取った。
三人がそれぞれモンスターボールを持つ。

「成程! 三人とも、いいポケモンを選んだようだな。いいか! 君達に託したポケモンは、まだ外の世界を知らない。そういう意味では君達と似ているかもな」

一つ大きく頷き、

「うむ! 似た者同士、上手くやってくれい! 何か困った時は、マサゴタウンにある私の研究所に来るといい! では、失礼するぞ!」

鞄を持ち上げて、ナナカマド博士はさっと立ち去って行った。

「博士ー! 待って下さいよー! ちょっ、ちょっと御免ね」

焦りながらも柔らかい笑みを残して、コウキもナナカマド博士の後を追って行った。
手の中のモンスターボールを見つめ、ジュンが、

「何だよー。ナナカマド博士って優しいな。テレビだと、すっごく厳めしくて怖そうな雰囲気だったのに」
「そうだね。話もちゃんと聞いてくれたし」
「本当にポケモン貰えた……」

アヤトは両手のモンスターボールをじっと見た。
初めてのポケモン。
初めての相棒だ。

「へへ! ヒカリ、アヤト! お互いポケモン持ってるんだ。やる事は一つ! だろ? 心の準備はオーケーか?」
「待てジュン」
「何だよー! そんなに待てないぜ!」
「いやあのさ、お前のやりたい事は分かるけど……俺達三人だぞ? 意味が分かるか?」

ジュンがぴたりと止まった。
戸惑ったようにヒカリとアヤトの顔を高速で交互に見て、

「……どっちと先に……!」

膝を折って項垂れた。
ヒカリがその隣に屈んで背中を撫で、慣れた様子で宥めた。

「次にジュンが会った方でいいんじゃないかな」
「そっか! そうだよな!」

ジュンがバッと顔を上げた。その顔にはもう明るさが戻っている。
ヒカリに宥められるとすぐに復活するのも、相変わらずだ。

「……そうだ! これからナナカマド博士にお礼をしに行こうぜ!」
「お礼?」

立ち上がるジュンに手を貸しながらヒカリが尋ねる。
この辺りの、ヒカリの付き合いの良さも相変わらずだ。

「俺、いい事を思いついたんだ。いいか! 俺達がいつも遊んでる湖あるだろ」
「ああ……シンジ湖か」

草むらを通らなくても行けるので、三人で良く通い、遊んでいた場所だ。
穏やかで、静かな、大切と言える場所。

「あそこには伝説のポケモンが眠っているって言うだろ?」「まさか」
「そう! 俺達でそのポケモン捕まえようぜ。そうすりゃナナカマド博士も大喜びだろ!」
「捕まえられないから伝説って言うんじゃないのか」
「行くぜー!」

ヒカリとアヤトの腕をむんずと掴んでジュンが進み始める。
こっちの話を聞きゃしない。
ヒカリを見ると、彼女は苦笑いを浮かべていた。


 

 
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