コトブキシティに立ち入ると、まずムッとした熱気のような濃密な人の気配を感じた。
ここはフタバタウンやマサゴタウンより人口密度が高いらしい。
歩道の横に並ぶビルは今まで飽きるほど見てきた二階建ての家より背丈が高く、街灯も洒落たモダンなセンスだ。
シティか、と口の中で呟く。と、

「やあ! アヤト、どれだけポケモン捕まえた?」
「コウキ」

にこにこと朗らかに笑う先輩トレーナーがいた。
まさかここまで来て待ってくれていたのだろうか。

「この先に、ポケモンの事を勉強できるところがあるよ。案内しようか?」
「いいのか?」

確かに勉強しておきたい。ポケモンの事も、バトルの事も。
アヤトが笑みで頷くと、コウキもにこりと笑い返した。
ついてきて、と手を振ってくるので、アヤトはその後に続いた。
町に踏み入り、街灯の辺りまで歩いて行った時。

「あの人……何してるのかな?」

街灯の所に、ひっそりと潜むように身を隠している謎の男がいる。
青年、というより男だ。
薄汚れたブラウンのコートを着ている。汚いな、とアヤトは眉根を寄せた。男は清潔感に気を遣わなきゃ。

「あ、あのう……」
「ナヌー!!」

コウキがそっと話しかけると、男が振り向いて、こちらの方が飛び上がるほどの音量を発した。
眉毛の太い顔つきだ。多分、三十代頃。

「……何故、私が国際警察の人間だと分かってしまったのだ!?」
「えっ? えっ! えーっ!? 普通に話しかけただけなのにー」
「……へっ? 普通に話しかけただけ? いーや、私を只者ではないと見抜いて話しかけたのだろう? その眼力、恐るべし……! 君達、できるな!!」

話がどんどん先に進んでいく。
アヤトはそろりと後ろに下がった。
その手首を、ガシリとコウキが掴む。
コウキを見ると、目線だけで『一人で行っちゃうの?』と語っていた。目線だけで人はこれだけの事を伝えられるのだとアヤトは知った。

「正体がバレたんだ。自己紹介をさせて頂こう。私は世界を股にかける国際警察のメンバーである。名前は……いや君達にはコードネームを教えよう。そう、コードネームはハンサム! みんなそう呼んでいるよ!」
「ハンサムって……まさか自分から言い出したとか?」
「シッ、アヤト」

兄弟のようなテンポで会話を交わす二人に、ハンサムは話を続ける。

「ところで君達、人の物を盗ったら泥棒という言葉を知っているか?」
「? ええ」
「知っていますよ、勿論」

二人が即答すると、ハンサムは満足げに頷いた。

「そうとも! 人の物を盗るのは悪い事だ! で、このシンオウ地方にも人のポケモンを奪ったりする悪い奴らがいるらしい。そして私は怪しい奴がいないか探していたのだよ!」
「はあ、そうですか」
「……ところで君、トレーナーならこれを使いこなせるかい?」

ハンサムが携帯型の端末機を差し出してきたので、アヤトはそれを受け取った。
カバーは青色で、、液晶画面に並ぶメニュー画面はクールな緑色が基調。
ボタンは無いから操作はタッチ式らしい。

「そのバトルレコーダーはポケモン勝負の様子を記録できる優れもの。最近、流行っているから手に入れたけど、私はあまりポケモン勝負をしないからね。君が持っていた方がいいだろう」
「……どうも、有り難う御座います」

じゃあ何で買ったんだろう、という疑問は敢えて飲み込んでおいた。ハンサムはきょろきょろと周りを見回す。

「……それでお願いだが、もし私を見かけても仕事だから話しかけないでくれ。いや、寂しいから……じゃなくて、怪しい奴を見かけたら何かあれば声をかけてくれ!」
「どっちですか」

アヤトは自分とコウキの耳に届く程度の音量でぼそりと呟いた。
ハンサムはコートを裾を翻しながら、忙しそうな足取りで去って行った。

「……国際警察って大変なんだね」
「コードネームのセンスも」

いや、まあそうだね、とコウキは笑みを返してくれた。
ハンサムが元いた立場から左前の方向に見える赤い屋根の建物を指差して、

「アヤト、そこがトレーナーズスクール。トレーナーのための学校さ。さっきジュン君とヒカリちゃんが入って行くの見たんだ。まだ中で勉強としてるかも。じゃあ、またね」

ひらりと手を振って、コウキは去って行った。
アヤトは手を振り返して、トレーナーズスクールの出入口の前に立った。
脇にコンクリート製の看板がある。

【トレーナーズスクール トレーナーの第一歩!】

中に入る。
中は広い空間で、仕切りの分厚い壁によって横に三対一くらいの面積比で区切られていた。
仕切りの壁は向こう側の壁からこちらまで、やはり縦に三対一くらいまで延びているため、出入口の位置からは区切られた別の部屋も見える。
左側の広い部屋にはテーブルと椅子と黒板があり、同い年くらいの二人のトレーナーがノートを広げて勉強している。黒板の前には教師と思しき女の人がいた。
その傍には、何か真剣そうな面持ちで会話をしている幼馴染み二人がいた。

「ヒカリ。ジュン」
「――あ。アヤト」
「おっ! アヤト、お前も勉強か? 俺なんか黒板に書かれてる事、ばっちり覚えたぜ! 自分の大事なポケモン傷つけたりしないために頑張るのがトレーナーだからさ。で、アヤト、何しに来たんだよ?」
「俺も勉強しようと思って。あと、これ」

アヤトはリュックの右の肩ベルトを外してリュックを傾けさせ、中から御届け物を取り出して手渡した。

「何だこれ……? やった! タウンマップ! って二つも入ってる!? うーん、二つあってもなー。アヤトかヒカリ、これいるか?」
「俺は持ってる」
「じゃあヒカリ」
「いいの? 有り難う」

ヒカリがにこにこと笑って大切そうにタウンマップを受け取った。
――ヒカリ可愛いなあ。
可愛いけど、ヒカリはジュンと一緒にいる時はどことなく顔が輝いているというか微笑む回数が多くなるような気がする。ギリィ。
そのジュンは自分の分のタウンマップを開いていた。

「うーん……タウンマップで見る限り、次はクロガネシティかな。あそこにはポケモンジムもあるし。捕まえたばかりのポケモン育てるのにぴったりだぜ! という事で俺の最強トレーナーへの道が始まるのであった! じゃな!」

ジュンが颯爽とした足取りで出て行く。
相変わらずのテンションとノリだ。

「私も行くけど、アヤトはどうする?」
「俺はここで勉強するよ。来たばかりだし」
「分かった。じゃあ、またね」

ヒカリもトレーナーズスクールを出て行った。
何だかまた置いて行かれたような感じがする。
いや、自分のペースを守るのは大事だ。うん。
さて勉強しようかなあと思っていると、ジュンとヒカリと話していた女性が穏やかに微笑みかけてきた。

「新しいトレーナーさん。いらっしゃい」
「こんにちは。初めまして。アヤトです」
「トレーナーもポケモンも少しずつ育っていけばいいの。分からない事があればここで調べていくといいわよ」
「有り難う御座います」

ぺこりと一礼する。
勉強中の二人が「こっちにおいでよ」と言ってくれたので、アヤトは素直にテーブルの方に寄った。
テーブルの上にはテキストがあった。書き込みや付箋があり、開き癖が付いている。今までに何人ものトレーナーが使ってきたのだろう。

【モンスターボールで捕まえたポケモンは同時に六匹持ち歩ける。そうして捕まえたポケモンを育てて戦わせる人をポケモントレーナーと呼ぶ。トレーナーの目標は各地のポケモンジムにいる強いトレーナーに勝つ事】

ポケモンジム。
さっきジュンが言っていた……。
アヤトはリュックを椅子の脇に下ろして、本格的に勉強を始めた。


 

 
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -